蛇足
【side ロロ】
「お疲れ様です、ミナ様」
「あ、うん。お疲れ様」
ミナ様に挨拶をしてから、俺は商会を後にする。
(ミナ様、明るくなられたな。ふふ。本当に良かった……)
ミナ様の笑顔を思い出しながら、今回の作戦の功労者の家を訪ねた。
「お疲れ様でした、ジェシーさん。完璧でしたよ」
「ふふふ。それはどうも。まぁ、上がりなよ」
「ありがとうございます」
訪れたのはジェシーさんの家だ。今回の作戦を思いついたはいいものの、娼婦の知り合いなどいなかった俺はミナ様のお父様に頼んで、ジェシーさんを紹介してもらった。当然、お父様には今回の作戦の事は話しており、ジェシーさんにお金を払ってくださったのもお父様だ。
「『クズの相手をして欲しい。期間はお嬢様が、婚約破棄されるまで』。ふふ、なかなか面白い依頼だったよ」
「本当に助かりましたよ。屋敷のメイドさん達に被害が出ないよう、上手く立ち回ってくださったおかげで、ミナ様が心を痛めることはありませんでした。それに、昔のツテを使ってライアンス伯爵にお手紙まで出してくださって……」
「あんないい屋敷に住まわせてもらったんだ。それくらいのサービスはするさ。手紙も君達が出すより、私みたいな第三者が出した方が効果的だろうからね。それで? 君の望みは叶ったのかな?」
「ええ。おかげさまでミナ様はあのクズから解放されました。本当にありがとうございます」
「ふふ。それはあのお父様の望みだろ? 君はそれで満足なのかい?」
「? どういう事でしょうか?」
「いやね。私には、君がそれで満足しているようには見えなくてさ。それに、気付いていないの?」
「え……? 何がでしょうか?」
「君、あのお嬢ちゃんの呼び方が変わってるよ?」
「……あ」
そう言えば、以前は『ミナお嬢様』とお呼びしていたが、最近は『ミナ様』とお呼びしている。
「気付きませんでした……」
「はっはっは。無意識に『お嬢様』ではなく、『一人の女性』として見てたって事か」
「そ、そんなことは……」
ジェシーさんの指摘に、思わず動揺してしまう。
「ミナ様は……俺の全てです。女性として見るとか……そんな……」
「くく。ま、私はお金をもらった分の仕事をするだけなんだけどね。ただ、大金を払ってくれたお得意様に1つだけアドバイスしてあげよう」
「………………なんでしょうか?」
「あのお嬢ちゃんは心を殺してあのバカの婚約者を務めていたみたいだ。だから、心の中の『女』の部分が未熟で、『女』としての自信が持てないみたいだよ。そこで、君がお嬢ちゃんの『女』の部分を肯定してあげれば、お嬢ちゃんは喜ぶし、自信が持てるだろうね」
「『女』の部分を肯定?」
「簡単だよ。『可愛いね』とか『魅力的だね』とか言ってあげればいいのさ。適当な人間が言っても信じないだろうけど、君が言えば信じるだろ?」
「………………………………あ」
そう言えば、なぜかジェシーさんに劣等感を感じている様子だったミナ様に『ミナ様にはミナ様の魅力があります』と言った時、ミナ様が真っ赤になっていた。俺なんかの言葉でミナ様が喜んでくれたのが嬉しくてよく覚えている。
「覚えがあるみたいだね? いいかい? あのお嬢ちゃんを喜ばせられるのはあんただけだ。あのお嬢ちゃんはいままで辛い思いをしてきた。その分、あんたが、あのお嬢ちゃんを喜ばせてあげなきゃいけないよ?」
「喜ばせる……」
「ああ。いっぱい褒めていっぱい尽くしてやるんだ。いいね」
「……分かりました。アドバイスありがとうございます」
「どういたしまして。じゃ、頑張ってね」
俺はジェシーさんにお礼を言ってから、家を後にする。俺がいなくなってから、ジェシーさんが『ふふふ、これで面白くなりそう』と呟いた事を、俺は知る由もなかった。
【side ミナ】
最近、ロロの様子がおかしい。
「あ、おはようございます、ミナ様。今日も可愛いですね」
「へ!? ななな、なに言ってるのよ、もう!」
会うたびに私の事を褒めてくれるのだ。こんな事、今まで一度もなかったのに。しかも誰彼かまわず褒めているわけではなく、どうやら私の事だけ褒めてくれているらしい。こんなの意識しない方が無理だ。しかも……。
「おはようございます、ミナ様。あれ? 髪、何か変えられました?」
「お、おはよう。そ、そうなの。新しく開発した洗髪料を試してみたんだけど……どうかな?」
「とてもよくお似合いですよ。ミナ様の黒髪がより綺麗に見えます」
「にゃ!? そ、そう? あ、ああ、あり、ありが、とう」
こんな感じで私の些細な変化にも気付いてくれるのだ。嬉しくて、どうしても顔がにやけてしまう。
(これって……絶対『そういう事』だよね? ……ロロが私の事……きゃー!!!)
身体全体がくねくねと動き、怪しい動きをしてしまうのを止める事が出来ない。たまたま通りかかった従業員達が、私を何とも言えない目で見てくる。
(落ち着いて……そう、落ち着くの……相手はロロ。大事な幼馴染で私の執事……ふーふー……よし!)
「ミナ様、午後の予定ですが――」
「ひ、ひゃい!」
必死で落ち着いたのにロロに声を掛けられただけで心臓が跳ね上がってしまう。
「ミナ様? 大丈夫ですか? お顔が赤いようですが……」
「だ、大丈夫! 全然全く問題にゃい!」
「……そうですか。では、午後の予定についてお話させて頂きますが――」
もちろん、『問題にゃい』などどいう事は全くなく、午後の予定など全く頭に入ってこなかった。
恋愛初心者のロロとミナ。この2人の恋心が実るのはまだまだ先の話。
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お時間ありましたら、作者の処女作【知識チートの正しい使い方】もぜひ読んでみて下さい。
(残酷な描写が多数あります。苦手な方はご注意下さい)
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