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【side カール】



 待ちに待った決算日。この日をどれほど心待ちにした事か。いつもより少し早い時間に出社した俺が会長室に向かうと、やつれた顔をした会計士の男性が、決算報告書を手に俺を待っていた。


(なんでこいつ、こんなやつれた顔をしてるんだ? あ、そっか! 収益が増えた分、決算が大変だったのか! はっはっは! 仕方ない。今期から会計士を増員してやるか!)


「ご苦労。それでは前期の報告を頼む」


 俺は上機嫌で会計士に話しかける。


「……それではご報告させて頂きます。ご存じかと思いますが、前期の収益は、大幅な()()となっております」

「…………………………………………は??」


 俺は会計士が言った言葉が理解できなかった。


「……聞き間違えか? 今、『大幅な赤字』と聞こえたのだが?」

「いえ、聞き間違えではりません。前期の収益は『大幅な赤字』です」

「――!? ふ、ふざけるな! そんなわけがあるか!!」


 俺は会計士を怒鳴りつける。


「あれだけ決裁してきたのだぞ!? 赤字なわけがないだろう!? 何をどう計算したらそうなるのだ!?」


 意味が分からない。まさか、この会計士も横領を? そう思い、会計士を睨みつけたが、逆に会計士は不思議そうな顔をする。


「は? 何をおっしゃっているのですか? 『決裁』されたのですよね? ゆえに、支出が増えたのです。収益が減っているのに、支出が増えれば、赤字になるのは当然でしょう?」

「――なっ……は? 『収益が減った』??」

「え? まさか、ご存じなかったのですか? 前期の収益は大幅に減っておりますよ?」

「――!?!?」


 そこで、ようやく俺は会計士の言葉を理解できたのだが、そのせいで余計に事態がわからなくなった。


「ま、待て! 待て待て待て! あれだけ決裁する書類が増えたのだ! 収益が減っているわけがないだろう!?」

「は? 書類は増えていませんよ? それに、こんな書類をたくさん決裁されたところで、収益が増えるとは思えないのですが?」


 そう言って、会計士は一枚の紙を取り出す。その紙には、俺の決裁済みの捺印がしっかりと押されていた。


「……まさか、書類の中身を見ていないわけではないですよね?」

「――っ! よ、寄越せ!! …………な……なん、だと…………」


 俺はひったくるように会計士から紙を奪い取り、内容を確認する。そこには、『お風呂の改修費用』と書いてあった。


「な、なんだこの書類は……」

「何って……カール様が決裁された書類ですよ。呆れました……まさか本当に中身を見ていなかったとは」


 会計士が心底呆れた眼で俺を見てくる。


「な、なぜ……なぜこんな書類が俺のもとに来るんだ!? こんなの! 店に関係ないだろ!?」


 他の書類も確認してみると、『壊れたベランダの修繕費用』や『ペットの購入費用』、中には、『昼食費用』等も入っていた。


「書類上は、『頑張って働くための経費』という事になっていますね」

「そんな……そんなの完全に経費の私的利用じゃないか! こんなの横領だろ!?」

「は? いやいや、『私的利用』なのはその通りですが、書類に不備はなく、会長であるカール様が決裁されておりますので『横領』ではないですよ? 言ってしまえば、優しい会長が認めた、『異様に手厚い福利厚生』、といったところでしょうか」

「――っ!」

「収益が半分以下になったのに支出が10倍以上に増えたのです。いくら、人件費を削ったとはいえ、赤字になるのも当然でしょう?」


 会計士が馬鹿にしたように言うが、今の俺はそれを気にしている余裕はない。


「収益が半分以下!? どういうことだ!! なぜそんな事になっている!?」


 いくら俺の商会が大商会で、多少収益が減っても問題ないとしても、半分以下になったとなれば、現在の体制を維持する事が出来ない。俺は大慌てで会計士を問い詰める。だが、会計士から返って来た答えは、思いもよらない物だった。


「いやいやいや、なんでもなにも……カール様が浮気されたからですよ?」

「………………は?」


 思わぬ答えに、俺は間抜け面を晒してしまう。


「『は?』って……商会のトップである会長が浮気するという事がどういう事か、分かっていなかったのですか?」

 

 会計士はもはや俺への侮蔑の感情を隠そうともしない。


「お、俺の浮気なんて、商会の信頼とは関係ないだろう!?」

「そんなわけないでしょ……会長とは商会の顔です。その会長が浮気、つまり、不義を働いたのです。商会の信頼が失墜するのも、当然でしょう?」

「え? 複数の女を相手に出来るのは財力の証であり、むしろステータスだと……」

「いつの時代の考え方ですか! 100年前ならともかく、今は女性が家の財布の紐を握っている時代ですよ!? その女性を蔑ろにする行為が、ステータスになるわけないでしょう!!」

「だ、だが、俺はちゃんと慰謝料を払ったぞ!?」

「お金を払えばいいという物ではありません! 『信頼』はお金では買えないのですよ! 今やこの商会の信頼は、地に落ちたも同然です。てっきり、信頼回復のために自腹を切る覚悟で従業員達の『頑張って働くための経費』の決裁を通していたのかと思ったのですが……まさか何もわかっていなかっただけとは。どうやら私の考え過ぎだったようですね」


 全ての原因が俺にあると知って、俺は立っていられず、椅子に座り込んだ。


「はぁ。しかし……そうだとするなら、なぜ、追加の従業員を募集されなかったのですか? 従業員が半数近く退職した以上、今までと変わらない数のお客さんが来たら、今の従業員の人数では対応しきれないことぐらい、分かるでしょう?」

「は? え? じゅ、従業員はもっとずっと前に辞めたんじゃ……」

「……そんなわけないでしょう? 従業員達は、カール様がミナ様をクビにしたと聞いて、ミナ様が会長を務める商会に転職したのです」

「なっ! そんなの引き抜きじゃないか!」

「従業員達が自ら希望した以上、引き抜きとは言えません。事実、ミナ様の商会が従業員を勧誘した訳ではありませんから。従業員達には、自らが働く職場を選ぶ権利があるのです。沈みゆく泥船から降りるのは、当然の事でしょう」

「ど、泥船……」

「まさしく泥船でしょう? このまま資産を食いつぶしていけば、来期にはこの商会は潰れますよ?」

「は? はぁ!?!?」


 俺は目を見開く。流石にこのままではまずいという認識はあった。だが、来期に潰れるほどだとは思っていなかったのだ。


「何を驚いているんですか……。いえ、もういいです。その程度の事すら理解されていなかったのですね……。報告は以上です。では、失礼致します」

「ま、待ってくれ!」


 呆れ果てた会計士が会長室を後にしようとするのを、俺は慌てて引き留めた。


「お、俺は……俺はどうしたらいい? どうすれば……」

「それを考えるのが会長であるカール様の仕事です。私に聞かないでください」

「ま、待て! 待ってくれー!!」


 俺は叫んだが、会計士は意に介さず会長室を後にする。1人残された俺は、会長室で頭を抱えた。


(どうする!? どうすればいい!? このままでは俺の商会がつぶれてしまう。どうすれば、この状況を覆せる?)


 俺は、必死に頭を働かせるもいい案は思い浮かばない。


 結局その日、途方に暮れた俺が退出した会長室には、前期の収益が大赤字であることを示す決算報告書と、全く手を付けていない決裁待ちの書類の山が残されていた。

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