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冥土に持っていきたいおすすめお土産ベスト10

作者: 村崎羯諦

『第10位は……携帯型ウォシュレットです!!』

『ええー、意外! どうしてですか!?』

『みなさん確かに気になりますよね。ただいま冥土と中継がつながっておりますので、ランキングの作成にご協力いただいた冥土の土産アドバイザーの方から詳しくお話をお伺いしましょう! 中継先の鳴海美春さーん!』


 スタジオ中央に置かれた巨大モニターに、中継先の冥土が映し出される。


『はーい、こんにちはー』

『本日はよろしくお願いいたします。えー、視聴者の方に説明しますと、こちら鳴海美春さんは、現在生活雑貨雑誌のチーフ編集長であり、冥土の土産アドバイザーとしてご活躍なさっている方なんです。それでは鳴海さん、早速で申し訳ないのですが、第10位の携帯型ウォシュレットについて説明をお願いできますでしょうか?』

『はい。現世ではあまり知られていないのですが、冥土のトイレ環境はお世辞にも良いとは言えないんですね。実際、ウォシュレットの普及率は10%を切っていて、ウォシュレット自体なかなかお目にかかれないんです。そのため、冥土に来られた直後なんかは、そういったお尻事情で大変苦労されている方が大変多いんです』

『えーそうなんですねー。私も死ぬ時はきちんと携帯型ウォシュレットを持っていくようにしますー』




*****




「……美春?」


 行きつけの洋食屋で偶然流れていたテレビ番組。そこに映し出された冥土の土産アドバイザーと名乗る人物を見た瞬間、俺は自分の目を思わず疑った。鳴海美春という名前も、テレビ画面に映し出された顔も、すべて彼女が死ぬ数年前と全く同じだった。俺は手に持ってフォークをテーブルに置き、信じられない気持ちでテレビ番組を見続ける。


『────以上が、おすすめお土産の4位から9位でした。最有力の家族写真が7位ということでちょっと意外でしたが、みんながみんな仲の良い家族ってわけでもないですもんね。それでは鳴海さん、ベスト3の発表に行きましょう。冥土に持っていきたいおすすめお土産、第3位は!?』

『はい。第3位は……誰かの秘密です』

『誰かの秘密ですか?』

『ええ、冥土に行った後の一番のお楽しみは、何だかんだ言っておしゃべりなんですよね。その中でも特に現世にいる誰それのゴシップや噂話なんかは鉄板です。ほら、ドラマとかでもよく、殺される直前には冥土の土産に教えてやるみたいなシーンあるじゃないですか? あれって結構あるあるで、死ぬ直前に聞いた話なんか、どれもこれも耳を疑うようなことばかりで最高に盛り上がるんですよ』

『へー! あれは単なるフィクションだと思っていたんですが、実際の現場でもよくおきていることなんですね!』


 タレントと楽しそうに話す美春の姿を見て、色んな感情が込み上げてくる。俺は美春にとっては最低の彼氏だったかもしれないが、俺が彼女を愛していたことは事実だった。だからこそ、俺は今でも考えてしまう。数年前、なんで美春が、あんな無惨な最期を遂げなければならなかったのかということを。


『まあ、これは余談ではあるんですが……私も死ぬ直前、一つだけ秘密を教えてもらったんですよ』

『秘密ですか?』

『ええ、実は自分は、今世間で話題になっている連続殺人事件の犯人なんだってね』


 美春の言葉が聞こえた瞬間、俺の身体が固まった。


『まあ正確には、犯人だったと死ぬ直前に教えてもらったというよりかは、それを知ってしまったから殺されたって言った方が正しいですけどね』

『えーっと、鳴海さん。大変興味深い話ではあるんですが……生放送ですので、そろそろランキングに戻っても大丈夫でしょうか?』

『ええ、大丈夫ですよ』

『ありがとうございます。それでは気を取り直して、鳴海さん。第2位を教えてください!』


 テレビタレントが無理やり笑顔を作りながら話をふり、画面に映った美春が真剣な表情を崩すことなく口を開く。


『第2位は……物的証拠です』


 物的証拠。俺の身体から少しずつ汗が流れ始める。テレビ画面の中では、MCを務めていたテレビタレントが明らかに動揺を見せていた。


『な、鳴海さん。事前の打ち合わせだと、第2位は、低反発枕だってお伺いしていたんですが……』

『冥土に来られた方の中には、悲しいことに誰かから殺されてしまった方も一部いらっしゃるんです。その方を殺した人物がきちんと逮捕されていれば問題ないのですが、中にはそのままのうのうと現世で暮らし続けているというケースもあるんですね。


 冥土に来られた方はもちろん、自分を殺した相手が誰なのかはわかってます。ですが、現世の裁判では、冥土の人間の主張は一切証言としては扱ってもらえないんです。加えて、冥土の人間が現世の人間を名指しで犯人扱いしてしまう行為は、最悪の場合、現世に生きる人間の生活を脅かす行為として厳しく処罰されます。そのため、そういった方々の多くは泣き寝入りするしかない。


 でもですね、冥土にいる人間の証言は認められなくても、冥土の土産として冥土に持ってきた物的証拠については、犯行の証拠として認められるという最高裁の判例が存在するんです』


 彼女は一体何を言っているんだ。俺がテレビから目を離せないでいると、美春はカメラへと視線を移し、一瞬だけ微笑んだ。まるで今まさに俺がこのテレビ番組を見ているのがわかっているかのように。


『包丁で滅多刺しにされ、息絶え絶えになりながらも、私は犯人が床に落とした凶器を最後の力を使って握りしめ、それを冥土の土産としてこちらの世界へ持ってきました。現世と冥土それぞれの警察組織と協力し、長い長い時間をかけて準備を進めてきました。そしてつい先日、私の冥土の土産が、私を殺した犯人を突き止める証拠、つまりは私を含むたくさんの人間を殺した連続殺人犯を突き止める証拠として認められたんです。もし犯人がこの放送を見ていたとしたら、きっと現場からなくなった凶器のことを思い出してるかもしれませんね』


 あの日の忌々しい記憶が蘇る。血だらけの殺害現場。床に倒れた死体。あの日。証拠隠滅のために慌てて現場に戻り、必死に犯行時の凶器を探した時の記憶が頭の中を駆け巡る。そして、その時、誰かに肩を叩かれる。ゆっくりと振り返ると、そこには二人組の男が立っていた。片方の男が俺の顔を確認した後で、胸元のポケットから警察手帳を取り出し、俺に喋りかけてくる。


「飯島武彦だな。鳴海美春さんを含む連続殺人事件の件で、逮捕状が出ている。とりあえず署まで来て────」


 警察官がその言葉を言い終わる前に、俺は反射的に机に置いていたフォークを握り、それを相手の喉元に突き刺した。男が首を抑えながら後ろに倒れ、厨房からは叫び声が上がる。俺に手を伸ばそうとしてきたもう一人の手を跳ね除け、俺は出口へ向かって走り始める。しかし、その瞬間、狭い部屋の中に乾いた銃声が響きわたった。俺はゆっくりと足を止めながら、左胸へと手を当てる。じわりと温かい液体が染み出してきて、鈍い痛みが遅れてやってくる。


 全身の力が抜けていき、スローモーションに流れていく時間と共に、俺はそのまま床へと倒れていく。そして、薄れていく意識の中。テレビから、俺が冥土送りにしたはずの鳴海美春の声が聞こえてくるのだった。


『ちなみに、冥土に持っていきたいお土産一位は私を殺した犯人です。ああ、でも。この場合は冥土の土産って言うより、冥土の道連れと言った方が正しいかもしれませんね』

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