第99話 良い趣味
帰り道、いつもの公園に差し掛かる。
「お猿のおねーちゃん!」
聞き覚えのあるわんぱくな声が聞こえてきた。
今日も今日とてゆるふわな洋服を着たミリアが、たたたっとこちらに駆けてきた。
「こんにちは、ミリアちゃん」
公園に足を向けてミリアと落ち合うクロエ。
「こんにちはー! そちらのおにーさんは?」
イアンとは初対面らしく、ミリアは不思議そうに首を傾げた。
「初めまして、イアンと言います。よろしくね、お嬢さん」
「はじめまして! ミリアと言います、よろしくお願いします」
ぺこりと勢いよく頭を下げるミリアに、イアンは感心したように頷く。
「とても行儀が良い子ですね」
「そうなんです。ミリアちゃんはとってもしっかりした子なんです」
「えへへー、褒められたー」
クロエが頭を撫でると、ミリアは百点満点の笑顔を浮かべた。
「ミリアちゃん、オセロは今日いないの?」
「いなーい。一緒に公園行こーって誘ったんだけど、ソファでぐでーんってして動いてくれなかったの」
ぶー、と残念そうに頬を膨らましてミリアが言う。
「あはは……猫ちゃんは気まぐれですからねえ……」
微笑ましいエピソードにクロエが思わず笑みを浮かべていると。
「こんにちは、クロエちゃん」
「あ、サラさんこんにちは!」
ミリアの母、サラは一目で良い所出のお嬢さんだとわかる。
今日も今日とて、彼女は落ち着いた大人の雰囲気を纏っていた。
そんな中、イアンが一歩踏み出してサラに頭を下げる。
「どうもサラさん、お久しぶりです」
「あ、お久しぶりです、イアンさん」
「以前仰ってたお子さんというのはミリアちゃんの事だったんですね」
「そうですそうです、今年で五歳になります」
「可愛らしくて、とても行儀の良い子ですね」
「うふふ、そう言ってくれると嬉しいですわ」
仲睦まじそうに話す二人に、クロエは尋ねる。
「お二人は知り合いですか?」
「サラさんはうちの常連さんですね」
「ええ、イアンさんの書店にはいつもお世話になっているの」
「なるほど、そうだったんですね」
思わぬ共通点があった事にクロエは驚く。
そしてふと、思い出して言った。
「そういえば読みましたよサラさん、『騎士と恋』!」
「まあ!」
ぎゅんっと、サラが勢いよくクロエの方へ振り向く。
「ついに読んだのね! それでそれで、どうだった?」
「と、とっても面白かったです!」
トーンが三段階ほど上昇したサラの声にたじろぎながらもクロエは答える。
「そうでしょう、そうでしょう……!!」
うんうんと、サラは首を物凄い速さで縦に振る。
いつもはさざ波のようにゆったりとした瞳が、今や星屑を散りばめた夜空のように輝いていた。
「キャラクターは魅力的で、ストーリーも面白くて……特に最後の展開はとても……うう、言葉足らずでうまく表現できないのがもどかしいです……」
「安心して。言葉なんてなくてもわかるわ。だって私たち、『キシコイ』の絆で繋がっているんだから」
「あ、そういう略称があるんですね」
本当に『キシコイ』が好きなんだなあと、クロエの方まで嬉しくなる。
いつものお淑やかな雰囲気とは一転して、サラはまるで色恋沙汰で盛り上がる乙女のようだ。
「そういえば」と、サラがイアンにも目を向ける。
「イアンさんもキシコイ、読んでらっしゃるのよね?」
「ええ、もちろん。発売されたその日に読みましたよ」
「流石だわ! それじゃあ感想会をしましょうよ。絶対に楽しいわっ」
「わー! いいですね、是非是非!」
「僕でよければ」
サラの情熱に半ば引っ張られる形で、三人はベンチに座り『騎士と恋』について感想を言い合った。
何度も本を読み返しているらしいサラは、クロエが思いつかなかったような考察や、細かい表現の意味などを語ってくれて聞いているだけで面白かった。
イアンも流石はこれまで膨大な本を読んできた書店員と言ったところか、流暢でとても共感できるような感想を口にしていて、何度も深く頷いてしまう。
クロエも拙い語彙をフルに活用して『キシコイ』の面白かった点を言葉にすると、二人はうんうんと同調してくれた。
初めての感覚だった。
自分が面白いと思ったものを、他の人も面白いと言ってくれて、その話で盛り上がる。
(あ……これ、楽しいかも……)
すとんと胸に落ちるような感覚。
時間も忘れて、クロエは『キシコイ』について話すのに夢中になった。
喉がカラカラになるまでついつい話し込んでしまい、ミリアが「おかーさんもう帰ろうよー」とつまんなさそうに言うまで、三人は語り合っていた。
「いやはや、久しぶりに本の話題で盛り上がりました。やはり楽しいものですね」
心なしか弾んだ声色でイアンが言う。
「イアンさん、クロエちゃん、ありがとうね。とても楽しかったわ」
「いえいえこちらこそ、すごく楽しかったです!」
「今クロエちゃんが読んでいる本も面白いから、また読み終わったら感想会しましょうね」
「はい、またぜひ!」
サラ達と別れ、しばらく歩いてイアンとも別れて一人になって。
クロエは、自分の胸が小躍りするみたいに弾んでいる事に気づいた。
「読書……良い趣味ができましたね」
誰かと、自分の『好き』を共有する事は楽しい。
その事を身に染みて実感するクロエであった。




