第98話 儚い恋心
「ふふん、ふふーん……」
「楽しそうですね」
買い物からの帰り道。
鼻歌を奏でるクロエに、イアンが微笑ましそうに言う。
イアンは帰り道が同じだと言うので、近くまで一緒にという流れになっていた。
「あ、すみません。私ったら、つい」
微かに赤くした頬を掻いて、クロエは言う。
「家政婦の仕事以外で人に頼み事をされたのは久しぶりなので、ちょっとわくわくしていると言いますか」
「家政婦? クロエさんは、家政婦をしてらっしゃるんですか?」
「あ、そういえば言ってませんでしたね。とある騎士の方の家で、住み込みで家政婦をしています」
「騎士……ああ、なるほどそれで、『騎士と恋』なんですね」
「あっ……そう、ですね、多分、そうだと思います、はい……」
自分の本の好みの源泉を言い当てられて、胸の辺りが痒くなるクロエ。
「その騎士さんは、どんな方なのですか?」
「とってもカッコいい方です!」
「カッコいいだけじゃないんです。強くて、いつも冷静で毅然としてて、ちょっと無愛想で不器用なところもあるんですが、そんな所も可愛いんです。あと、なんといってもとっても優しいんです! 王都にはじめて来て、右も左もわからない私を雇ってくださったり、それから……」
途中で、クロエはハッと気づく。
「ご、ごめんなさい、つい夢中になってしまって語りすぎました……」
「いえ、お気になさらず」
小さく息をついてから、イアンは言う。
「クロエさんはその方のことが、大好きなんですね」
「だ、大好きだなんて、そんな……」
耳まで真っ赤にし、クロエは熱くなった頬を押さえる。
言葉では否定しているが、緩み切った表情は素直だった。
(なるほど、そういう事ですね……)
クロエの主である騎士の顔も、人柄もイアンは知らない。
しかしクロエの仕草を見れば、その騎士に対してどのような感情を抱いているのかは一目瞭然だ。
ちょっぴり残念そうで、どこか諦めを含んだ表情でイアンは言う。
「そりゃ、そうですよね。こんなにも素敵な方なんですから……」
「イアンさん?」
「ああ、いえ、なんでもありませんよ」
一転、イアンは晴れ晴れとした表情で話題を変える。
「そういえば、この前はクッキー、ありがとうございました。とっても美味しかったです」
「どういたしまして。お気に召してくれたようで、何よりです」
「甘さ控えめながらもアーモンドの風味が良くて、癖になる味わいでした。本当に、クロエさんってなんでも出来ますよね」
「いえいえそんな事、ぜんぜん無いですよ……」
未だに人に褒められる事に慣れていないクロエは、どこか気まずそうに頭を振る。
家政婦の仕事をこなす中で、ロイドからはよく褒められるようになった。
その中で少しずつ、クロエは自分に対し自信を取り戻してきてはいる。
とはいえ、十何年もの日々をかけて家族や使用人たちからの否定という形で削られてきた自己肯定感は、まだまだ充分ではない。
こればかりは、ゆっくりと時間をかけていくしかなかった。




