第96話 常連のイアンさん
「いらっしゃいクロエちゃん! 今日は豚肉が安いよー!」
ある平日の昼下がり。
シエルおばさんの店でお買い物をするクロエ。
「豚肉! いいですねえ……」
「きのこも新鮮で採れたてのがあるから、一緒に赤ワインで煮込むと美味しいさね!」
「わあ……絶対に美味しいやつじゃないですか……!!」
今日も今日とて、シエル考案のレシピを頭に思い浮かべてごくりと喉を鳴らしていると。
「おや、クロエさん?」
聞き覚えのある声に振り向く。
「あ! こんにちは、イアンさん!」
白い肌、柔和な目元にはアンティークな丸眼鏡、中央で分けられた亜麻色の髪。
書店でいつもお世話になっているイアンが、手提げ袋を引っ提げて立っていた。
「いらっしゃいイアン! 今日は何を買っていくさね」
「そうですねー、今日も魚が食べたい気分です」
「本当に魚が好きさねー、任せときな! 北海で水揚げされた美味いカンパチの切り身なんてどうだい? バターで焼くと絶品さね!」
「いいですね、カンパチ。バターで焼くなんて絶対美味しいやつじゃないですか、是非ください」
「毎度あり! ちょっと待っててな」
そんなやりとりの後、シエルは魚のコーナーに移動する。
「イアンさんもこのお店、よく来られるんですか?」
「ええ、食材は基本的にこのお店で買っていますね。クロエさんも?」
「はい! 店主さんがとても気さくに話してくれるのと、レシピまで丁寧に教えてくれるので、とても重宝しています」
「わかります。本当に助かりますよね」
「なんだいなんだい、とっても嬉しい事言ってくれるじゃないか」
カンパチの切り身を紙袋に包んでシエルがやってくる。
「イアンもうちの常連さね! いつも毎度ありがとうね」
「いえいえこちらこそ、ありがとうございます」
カンパチを受け取ってお会計を済ますイアンを見て、クロエは思わず「ふふっ……」と笑みを溢す。
「どうされました?」
「いえ、なんだかいつもと雰囲気が違うので、新鮮だなって」
「ああ、今日はお休みの日ですからね。ラフな格好にしてます」
そう言うイアンの格好は、書店で着ているきちっとしたワイシャツとカーディガンでは無く、シンプルなシャツである。
「そう言うクロエさんも……今日のドレス、とても可愛らしいですね」
「本当ですか? ありがとうございます!」
褒められて、クロエは嬉しそうに口元を緩める。
今日クロエが着ている服は、姉リリーから拝借した例のドレス。
たまにこうして外出する際に着用している。
「前も見て思ったんだけど、そのドレスの刺繍、とっても可愛いさね。どこで刺してもらったんだい?」
シエルが身を乗り出して、ドレスの肩のあたりに施された小鳥の刺繍を見て言う。
「あ、これ自前です」
「えっ! これ、クロエちゃんが刺したのかい!?」
シエルが素で驚いたように目を見開いた。




