第95話 姉の影
ロイドとルークが王城で戦いを繰り広げた翌日の昼下がり。
王都の大通りにて、カタカタと揺れる馬車が一台。
「やっとついたわ……」
車窓から、およそ一年ぶりとなる王都の景色を見て、クロエの三つ上の姉リリーは深く息をついた。
背中まで伸ばした燃えるような赤い髪、陶器のように白い肌。
身体つきも男性を惹きつけるような出るところは出ている。
顔立ちは整っているが美を追求しすぎた結果、化粧が濃くなってしまっており歪な派手さを纏っているように見える。
髪色に合わせた豪華な赤いドレスを身に纏い、いかにも貴族の令嬢といった装いだ。
「全く……辺鄙な家に生まれたものだわ」
顔に疲労を滲ませてリリーはぼやく。
ギムル侯爵家の令息から夜会の招待状を貰い、母から出席の許可を得たは良いもののそこからが大変だった。
実家のあるシャダフはローズ王国の中でも国境に近い辺境の領地。
それも、領地全体を高い山々がぐるりと囲っている。
領地自体が北に位置することもあって、冬は雪のため山越えはほぼ不可能。
雪解けのタイミングを見計らって、山を越え谷を越え、馬車に揺られて二週間かけて王都にやって来たのだ。
ここまでの道中、雪が残る道で馬車が滑りかけたり、宿のない地帯で極寒の夜を過ごしたりと何度かアクシデントもあった。
しかしそんな苦い経験も、視界に移る王都の街並みを見ていると遠い彼方へ忘れ去ってしまう。
代わりに到来しているのは高揚感、そして王都での楽しい日々に対する期待。
行事に乏しいシャダフに住むリリーにとって、王都を訪れるのは一年で数えるほどしかないビッグイベントであった。
「ふふふ……楽しみね……」
準備は万端だった。
夜会に参加する者の予習も済ませた。
夜会用に新品のドレスも買った。
唯一、心残りがあるとすれば……。
「クロエに新しい刺繍を施してもらおうと思ったのに……全く、一体どこをほっつき歩いているのかしら」
ぎりっと、忌々しそうに歯を噛み締めるリリー。
本来であれば新しいドレスに、クロエに刺繍を施させたかった。
リリーは口が裂けても言わないが、クロエの施す刺繍は可愛らしく、独創性もあるデザインで夜会に出るたびにちょっとした評判になっていた。
その度にリリーは「これは私が縫ったの!」と声高らかにアピールして、自身の女子力の高さを周囲に誇示していたものだ。
クロエの手柄を横取りしているという自覚も罪悪感も一切ない。
むしろ、ほかに何の取り柄もないクロエの唯一と言って良い特技を皆にお披露目してあげているのだから、感謝してほしいとすら思っていた。
今回の侯爵家の夜会にこそ、クロエの刺繍を施されたこしらえで行きたいところだったが、当の本人は行方不明のまま二ヶ月が経過してしまっている。
「自慢するせっかくの機会が一つ失われてしまったわ、本当に腹立たしいわね……」
実の妹だが、心配する気持ちは一切無い。
それどころか、人のドレスを一つ勝手に盗んで逃げだしたクロエに怒りの感情を抱いていた。
「ま、今は考えても仕方がないことね」
行方のわからない妹の事を考えても仕方がない。
リリーは思考を切り替えた。
「まずは観光ね。ふふふ、楽しみだわ」
ギムル家でのパーティまでまだ日がある。
久しぶりに遠路はるばる王都に来たのだ。
買い物や観光を楽しんでいこうと、リリーは深く頷いた。




