第94話 守ってくれて
【お詫び】
昨日の更新分で、本来の内容のひとつ後の話を更新してしまうというポカミスをやらかしました。
22:30頃に気づき正しいものに差し替えております。
それ以前に読まれた方は、まずは前話からお読みいただけますと幸いです。
【注】昨日22:30以前に更新してしまった内容は、本日の更新分の前半分として記載しております。
すでにお読みの方は後半「◇◇◇ 以降」からお読みくださいませ。
ご指摘くださった方々、ありがとうございました。
混乱、そして見せ場の話でとんでもないヤラカシをしてしまい大変申し訳ございませんでした。
引き続き物語をお楽しみくださいませ。
その後ルークは、何人かの男に拘束されて何処かへ連れて行かれてしまった。
誰も怪我人が出なかったとはいえ、試合中に殺傷能力の高い武器を使うという重大な規則違反を犯している。
親が親のため重い処分が降ることは無いだろうが、こってりと絞られる事だろう。
「ロイドさん!」
一方、フィールドから帰ってきたロイドの元へはクロエが飛び付かんばかりの勢いでやってきた。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか? 足を捻っていたりは……」
「落ち着け」
「あうっ」
あわあわしているクロエの額を、ロイドが人差し指でツンっとする。
「無傷だ。何の問題もない」
ロイドが言うと、クロエは額を抑えたまま「良かったぁ……」と湿った声を漏らした。
よく見ると、目尻には小さく涙が浮かんでいる。
本当に、心の底から心配してくれたのだろう。
それがわかって、ロイドの胸の辺りがほんのりと温かくなった。
「心配をかけてしまって、すまない」
クロエの目元に浮かんだ涙を指でそっと拭ってやる。
「いいえ、大丈夫です」
頭を横に振り、明るくした表情をロイドに向けてクロエは言った。
「ロイドさんが勝つって……私、信じてましたから」
あどけなく、健気なその仕草にロイドの胸がきゅうっと音を立てる。
いつもの癖でそのままクロエの頭に手が伸びそうになったが、流石に堪えた。
今は大勢の人が周りにいると、自分に言い聞かせる。
代わりに、今自分が出来る最大限の笑顔を浮かべてロイドは言った。
「ありがとう」
そんな二人のやりとりを遠巻きに眺めていた同僚たちがヒソヒソと話し合う。
「ロイドって、あんな顔出来るんだ……」
「ああ……初めて見たな」
「なんか、意外と優しかったり?」
王国最強の剣士の一人に数えられるほどの強さを持つものの、愛想が無くいつも怖い顔をしている事から、“漆黒の死神”と呼ばれ恐れられているロイド。
しかしクロエと接している時の彼の表情は柔らかく、言葉にもどこか温かみがある。
彼はドがつくほど生真面目な性分のため、仕事中は人を寄せ付けないオーラを纏っているものの……本当はとても優しいのではないか。
ロイドがクロエに向ける笑顔を見て、団員たちからしたロイドの印象は確かに変化していた。
「とりあえず、良い方向に向かっているようで何よりだ」
ロイドに対する空気が団内で緩和している事を感じ取って、フレディは笑顔を浮かべる。
本人に自覚はあるかは定かではないが、クロエと過ごしていくうちにロイド自身にも変化が生じていると、フレディは考えていた。
クロエの、他者を思い遣る温かい気持ちに触れ、ロイド自身もクロエを大切に思うようになってから、物腰が柔らかくなっていったのだろうとフレディは推測する。
誰も信用していない一匹狼で、常に周囲に対しピリピリとした緊張感を与えていた頃と比べると劇的に変化していた。
「クロエちゃんのおかげ、かな。やれやれ……」
自分が何年経っても出来なかった事を、あの少女はほんの二ヶ月くらいでやってのけた。
その事にちょっぴり切ない気持ちを抱きつつも、クロエに感謝の念を送るフレディであった。
◇◇◇
昼食の時間をルークとの試合に使ったため、あの後すぐに午後の訓練に入る運びとなった。
ロイドはフレディの計らいによって昼食の時間を確保していたが、どのみちバタバタするだろうという事で先にクロエは帰宅した。
残りの家事や夕食の準備を済ませ、余った時間で本を読む。
夜遅くになって、ロイドが帰ってきた。
心なしかいつもより疲労感濃いめなロイドをお風呂に入らせ、一緒に夕食を済ませた後、いつものまったりタイムに入る。
今日は何となくだらだらしたい気分で、クロエはソファに身を埋めていた。
「すまなかった」
ふと、隣に座るロイドから謝罪の言葉がかかった。
何に対する謝罪なのかわからず、クロエが首を傾げる。
「今日は色々とバタバタさせてしまったり、クロエに不快な思いをさせてしまった。そもそも俺が弁当を忘れなければ、あんなややこしい事態にはならなかった」
「ああ、なるほど……お気になさらないでください」
全然気にしていませんよと、穏やかな顔でクロエは言う。
「弁当を渡し忘れた事は私に非がありますので。ルークさんに絡まれた時はちょっぴり驚きはしましたが、特に何をされたわけでもありませんし……むしろ、今日一日楽しかったです。いつもロイドさんが働いている場所を見学できて、フレディさんにも挨拶できて、それに……」
楽しい記憶を思い出すようにクロエは笑って。
「ロイドさんのカッコいいところを見る事ができて、なんというか……とても良かったです!」
ルークとの試合の時の興奮を思い出したようなテンションで言うと、ロイドはどこか居心地悪そうに頭を掻いた。
ロイドが照れ臭さを感じているときにする動作だと、クロエは知っている。
「私の方こそ……ごめんなさい」
ふと思い出して、クロエは頭を下げた。
今度はロイドが、何に対する謝罪だと首を傾げている。
「ロイドさん……あの時、あえて攻撃を受けましたよね?」
「あの時?」
「最後の、ルークさんがナイフを投げてきた時です。ロイドさんの回避能力なら、あの距離でも避けられたはずです。避けなかったのは……私がいたから、でしたよね?」
思い出す。
あの時、ちょうどロイドの背後の見物席にクロエがいた。
もしロイドが短剣を剣で受け止めずに避けていたら……もしかすると、短剣はそのままクロエの方へ向かっていたかもしれない。
流石にドンピシャで当たる可能性は低かっただろうが、それでもロイドが剣で防いだ事によって、見物席にいた人たちを守った形になる。
しかしクロエは反対に、自分のせいでロイドを危険な目に合わせてしまったと思っていた。
「……気づいていたか」
感心するように息をついてから、ロイドは言葉を並べる。
「それこそ謝る必要はない。国民の身の安全を第一に守るという、騎士として当然の事をしたまでだ」
「それでも……ロイドさんが危険だった事には変わりありません。もし、あとほんの少しズレていたら……」
「だが、結果的に無事だった。何の問題もない」
「それは、そうかもしれませんが……」
きゅ……とロイドの服の袖を摘んで、クロエは涙を溢すように言う。
「あまり無茶は、しないでくださいね」
「…………」
懇願するような声色に、ロイドはようやくクロエの心中を察する。
「……心配をかけて、すまない」
手を伸ばす。
安心させるように、クロエの柔らかい髪を撫でる。
「短剣が見えた瞬間に試合中断を申し出るべきだったが、間に合わなかった。回避せずに受け止めたのは、咄嗟の判断だ」
優しく、クロエの肩に手を添える。
「だが俺は、自分の判断を誤りだとは思っていない。もし万が一、あの短剣がクロエを傷つけてしまっていたら……」
想像するのも恐ろしいとばかりに、焦燥した表情でロイドは言う。
「俺は一生、自分の判断を悔やんでいたと思う」
「ロイドさん……」
そっと、ロイドの手に自分の掌を添える。
それから子供を寝かしつけるような優しい声で、クロエは言った。
「安心してください。私は、無事ですよ」
「ああ、そうだな……」
こくりとロイドは頷き、クロエを抱く腕に力を込めた。
「守ってくれて、ありがとうございました」
「どうって事ない」
それからしばらく、二人は身を寄せ合っていた。
どのくらい経っただろうか。
不意にロイドが口を開いた。
「今思い返すと、あの試合は受けるべきではなかったな……相手にせずに、さっさとクロエを帰していれば、面倒な事にはならなかった」
「私も、ちょっと意外でした。フレディさんの許可があったとはいえ、規則的にも微妙そうな気がしましたし……」
「それはその通りだ。なんと言い表したら良いか、言葉にするのは難しいのだが……」
しばし黙考してから、確かめるような口調でロイドは言う。
「入団式が終わって訓練場に戻ってきた時、ルークに絡まれているクロエを見て……俺は、そこはかとなく嫌な気持ちになった。胸の辺りがもやっとしたと言うか」
「もやっと、ですか?」
困ったように頬を掻いた後、ロイドは言う。
「自分でも、よくわからない。以前、クロエが副団長と話している時は特に何も思わなかったのだが……相手がルークとなると、何故か平静を保てなかった。ルークに勝負をふっかけられた時、受けるべきではないという理性と、痛い目を見せたいという気持ちの両方が生じて……最終的に、後者に流された」
何故ルークに対しそんな感情を抱いたのか、ロイド自身わかっていないようだった。
雲の中で宝探しをしているような面持ちで、ロイドは言葉を切る。
「すまないな、要領を得ない話で」
「いっ、いえ……そういう時も、ありますよね、あはは……」
一方のクロエも要領を得ない返答をしてしまう。
耳の辺りを朱に染めて、それどころではなかった。
女性が自分とは別の男と話していてモヤモヤする要因の心当たりは、クロエの頭にはひとつしか浮かばなかった。
最近読んだ小説、『騎士と恋』にも似たような展開があった。
想いを寄せている騎士が、別の令嬢から言い寄られている場面を見た主人公。
その際に、主人公が抱いた感情。
小説には、その感情の名前がはっきりと記載されていた。
先ほどのロイドの言葉が本当だとすると、もしかして、もしかすると。
(嫉妬……?)
その言葉を思い浮かべた途端、胸に弾むような気持ちが到来した。
両手に抱えきれないほどの『嬉しい』が湧き出てきて、気を抜くと身体を揺らしてしまいそうになる。
「何をにやけているのだ?」
「えっ、あっ……」
指摘されて、クロエは反射的に両頬を抑えた。
すると両の掌から確かな熱が伝わってくる。
「なっ、何でもありませんっ……」
思わず顔を背けるクロエ。
顔が熱い、心臓が飛び出してきそうなくらい大きく脈打っている。
「……? そうか?」
首を傾げるロイドの顔を、今は直視する事が出来ない。
(うう……恥ずかしい……)
ロイドに対する『好き』が溢れ出てしまっている。
その事を、クロエは再度認識してしまうのであった。




