第93話 勝利
ルークが懐から──短剣を取り出した。
「む……」
突如として出現した暗器にロイドが眉を顰める。
その刹那、ルークが短剣を投擲する構えをとった。
「なっ、汚ねえ!」
誰かが叫んだ。
「ロ、ロイドさん!!」
反射的にクロエも叫ぶ。
「馬鹿だなあ」
フレディだけは、鼻で笑うように言った。
「食らえ!!」
ルークの声と共に放たれた短剣がロイドへと飛翔する。
剣筋とは比較にならないスピードで飛来する短剣となると、流石に回避のモーションが大ぶりにならざるを得ない。
そこで体勢が崩れた隙を狙って一撃を食らわそうというのが、ルークの魂胆であった。
しかし……ロイドは、ルークの予想しなかった動きを選択した。
「シッ……!!」
短い掛け声と共に一閃。
ゴッ!! と鈍い音を立てて、短剣が木製の剣の腹に刺さる。
切先は木製の剣を貫いたが、剣身の半分くらいのところで止まった。
ほんの数センチずれていたら、ロイド自身にぶっ刺さっていただろう。
「なっ……!?」
迫り来る短剣を反剣の腹で受けるという、神技に等しい防御を披露したロイドにルークの思考が硬直する。
見物客の面々も、今の一瞬の間に何が起こったのか理解するのに時を要した。
審判も呆気に取られており、試合を中断する事を忘れているようだった。
「ルール違反だ」
そこで初めて、ロイドが目印から動いた。
俊足。
ロイドがルークへと一気に駆ける。
両手で剣を持ち、攻撃態勢へ。
「くっ……!!」
ルークは慌てて剣を構え直そうとするも、思考を止めていた時間がロスとなりもはや防御は間に合わない。
いつの間にかルークの前まで踏み込んだ後、目にも止まらぬ一閃。
短剣が刺さった方の剣の腹──つまり、突き出た短剣の持ち手をルークの脇腹に突き刺した。
「ぐえええっ!!」
大罪人に制裁を下すかのような一撃。
自分が放った短剣の持ち手が防具で覆われていない脇腹にめり込んで、ルークは痛みに崩れ落ちた。
「痛い!! ああクソ痛い……!!」
脇腹を抑えたまま転げ回るルークを見下ろして、ロイドは冷たく言う。
「審判、判定は?」
「あっ、ああ……」
バッと、審判が右手を上げて宣言する。
「しょ、勝者、ロイド!」
うおおおおおおおおおお!!!
会場が湧く。
神技的防御からの目にも留まらぬ反撃。
そして一瞬でルークを戦闘不能にした一連の動きに、騎士たちは興奮を抑えきれないようだった。
「す、すごい……!! 勝ちましたっ……勝っちゃいました!」
立ち上がって、わーぱちぱちと手を叩くクロエを微笑ましげに眺めながらフレディは言う。
「ロイドの何が凄いかって、身体能力や剣の技量もそうなんだけど、一番は“死”に対する絶対的な回避能力なんだよね」
「死に対する……?」
首を傾げるクロエにフレディは続ける。
「そう。自分に降りかかる痛みを、死の気配を本能的に察知して回避する能力、とでも言うべきかな。多分、身体が反射的に覚えてしまってるんだよね。相当な死線をくぐり抜けてないと、あの域までは達せないよ」
フレディの言葉に、クロエの胸がきゅっと締まった。
ロイドの強さの正体は、彼が幼い頃から死と隣り合わせの生活を送らされてきたからだとクロエは知っている。
先ほど目にしたロイドの回避術の全てがそれらの経験に基づいていると思うと、言いようのない痛みが胸に走った。
「そんな……まさか、この僕が負けるなんて……」
一方のルークは、脇腹に広がる物理的な痛みに呻きながら呟く。
「殺傷能力の高い武器の使用……重大な規則違反だ」
諌めるようなロイドの言葉に、ルークは舌打ちし気まずそうに目を逸らす。
「規則違反に対する処分は副団長に任すとして……昼食前の程よい運動にはなったぞ、良い試合だった」
「ふざけるな……全然本気を出していなかっただろう」
「新人のスキルアップは先輩の役目だからな。良い機会だから、能力を測定させてもらった」
試合内容を思い起こしながら、ロイドは言う。
「剣筋の速さは中の上、重さは中の下、スタミナは……下の下と言ったところか。まずは走り込みをじっくりやる事からスタートだな」
「第一騎士団の中では、僕はまだまだって事か……」
「そういう事だ。だが……」
ふ、と小さく笑って、ロイドは言う。
「勝ちに対する執着は上の下を与えてやろう。剣術において一番重要な要素だ。俺について来れば、きっと強くなるぞ」
その言葉に、ルークはふんとそっぽを向く。
「まだ僕は、アンタを認めたわけじゃない。」
「アンタじゃない。ロイドさん、だ」
ロイドが手を差し出す。
嫌そうな顔をしながらも、ルークはその手を取った。
なんとか立ち上がったルークに、ロイドは言った。
「お前は俺が性根から叩き直してやる。覚悟しておけ」




