第92話 ロイドvsルーク
試合開始後、すぐにルークが駆けた。
本来であればお互いに剣を抜いた後、しばらく探りを入れ合うのがセオリーだが、ルークはお構いなしとばかりにロイドへと斬り掛かった。
「ふっ!!」
短い声と共に振り抜かれた剣先がロイドに迫る。
まずは小手調べとばかりに、威力よりもスピード重視した攻撃。
「奇襲攻撃か、悪くない」
感心したような言葉の後、ロイドは剣を抜く。
身体をずらして避けるにはギリギリと判断し、ロイドは剣でルークの攻撃を受けた。
鈍い衝撃音が訓練場に響き渡る。
木製の剣にも関わらず火花が散り、空気がぞわりと揺らいだ。
奇襲の一撃がロイドに防がれたとわかると、ルークは一度引いて距離を取った。
ロイドよりルークの方が少しばかり背が低いとはいえ、体格はほぼ互角。
しかも、ルークの方は駆けながら振り抜いた分威力は増幅しているはずだ。
にも関わらず、ロイドは開始位置から一歩たりとも動いていない。
(なんて体幹……大木に剣を打ち込んだみたいだった……)
スピード重視で威力は落としていたとはいえ、その防御力には瞠目する。
冷たい汗を一筋流すルークに、ロイドは涼しい顔で言った。
「威力も申し分ない。首席の名は伊達じゃないようだな」
「……そりゃどうも」
ルークの顔つきが変わる。
素行が悪くちゃらんぽらんな気質のルークとて、王国一の騎士養成機関を主席で卒業した実力者だ。
先ほどの一撃で、ルークはロイドの強さの片鱗を確かに感じ取っていた。
「どうした、来ないのか?」
「言われなくても……!!」
中断の構えから再びルークが疾走する。
今度は威力重視の渾身の一撃。
「うおおおっ!!」
思い切り踏み込み一閃。
しかしその攻撃はロイドが身体を僅かにずらす事で躱された。
「スピードを犠牲にしたら避けられるぞ」
「ちいっ……!!」
心を見透かされたような物言いに、ルークの頭が熱を帯びる。
すぐに体勢を立て直し二撃目、三撃目を放つも、ロイドは最小限の動きで攻撃を回避した。
「剣術のお手本のような振りだな。学校で教科書をたくさん読んできたのはわかるぞ」
「軽口叩いてる暇はあるのか……!?」
「片腕でランチを楽しむ余裕はありそうだ」
「ほざけっ……!!」
引き続きルークはロイドに攻撃を仕掛けるも、全て軽々と躱されてしまう。
縦から振り下ろす攻撃は身体をずらして回避され、腹部を横から裂く剣筋は跳躍で回避。
胸を突こうとしても、剣で軌道を変えられてしまった。
「くそっ……卑怯だぞ! 避けてばかりいないで反撃しろ!」
「反撃に値する攻撃を仕掛けてくれば良いだけの話だ」
「このっ……!!」
もはや力の差は歴然だった。
何度も剣を振り上げ、ロイドに攻撃を仕掛けるルーク。
ルークの攻撃も速く、威力も高い事は側から見ていてもわかる。
だがそれ以上に、ロイドの回避能力が異常すぎた。
ルークから放たれる斬撃の全てを最小限の動きで躱す様は、もはや芸術的ですらあった。
学園首席の実績があるとはいえ、ルークの体力は有限である。
どんな攻撃を放っても当たらない焦りと疲労により、彼の剣筋から少しずつ力が失われていく。
どのくらい攻防が続いたであろうか。
「はー……はー……」
すっかり息が上がってしまい、ルークは思わず膝をついた。
顔は汗でダラダラで、浅い呼吸を何度も繰り返している。
「どうした、もう終わりか?」
一方のロイドは一滴も汗を掻いた様子もない。
涼しい顔でルークを見下ろしていた。
その時、見物していた誰かがぽつりと言う。
「見ろよ、ロイドのやつ……試合が始まった時と位置が変わってないぞ……」
「マジかよ……あいつ、本当に人間か?」
言葉の通り、ロイドは試合開始時の定位置である目印の上から一歩も位置が動いていない。
ルークの攻撃を全てその場で回避したという事を表していた。
「す、ごい……」
一連の攻防を観ていたクロエが、思わず呟く。
ロイドが全く本気を出していない事はわかる。
赤子の手を捻るようとは、まさにこの事だった。
ほうっ、とクロエの口から感嘆の息が漏れる。
胸の辺りが熱くなるような高揚感。
ロイドの強さは認識していたが、これほどまでとは思わなかった。
(カッコいい……)
派手な剣舞や技があったわけではない。
しかし相手の攻撃の全てを躱し、受け流し、無傷のまま立ち続けるロイドから圧倒的な“強さ”を感じて。
ただただ純粋に、カッコいいと思った。
「なあ……もうこれ、勝負ついたんじゃね?」
「だなー。やっぱりロイドが最強だったって話で終わりって事ね」
「騎士学園の首席と聞いてどんな強い奴がって思ったけど、案外大した事なさそうだな……」
見物席からヒソヒソと、ルークに対する評価の言葉が上がる。
これから共に切磋琢磨することになる団員たちの前で醜態を晒され、ルークの矜持はズタズタだった。
「これはもう、勝負アリという事でいいかな?」
同じような心持ちだったらしい審判が言うが。
「ふざけるな……」
剣を持つ腕に力を込めるルーク。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……!!」
全身を纏う沸々とした怒り。
顔ははち切れんばかりに熱く、今にも心臓が爆発しそうだった。
「ギムル家次期当主のこの僕が……騎士爵ごときに負けるわけにはいかないんだよ!!」
力を振り絞ってルークが立ち上がる。
ほう、とロイドは口元に小さく笑みを浮かべた。
「面白い。その気迫は評価してやろう」
かかってこいと言わんばかりに剣を構えるロイド。
そのロイドに対し一歩、二歩踏み出したその時。
ルークが懐から──短剣を取り出した。




