第91話 まさかの流れ
「た、大変なことになってしまいました……」
訓練場のフィールドを見渡せる見物席で、クロエはぽつりと呟く。
ルークがロイドに唐突な決闘をふっかけたのはほんの十分ほど前。
最初、ロイドは「訓練場を私情で使うことは許されない」と拒否していたが、フレディの「これからどうせ昼休みだし別に良いんじゃない? 新入団員の自主練って事で」という言葉によりすんなりと了承。
上司が許可をするならと、渋々といった様子でロイドは試合に臨む事に。
ノリが軽いとはいえ立場上、規律に厳しいフレディが了承するとは思っていなかった。
しかし木刀を取りに行くロイドの肩をフレディが叩いて「頼んだぞ」と言っていたので、彼なりに何か意図があるのかもしれない。
こうして、あれよあれよの間にロイドvsルークの試合が決定してしまった。
「おい! 期待の新人とロイドがやり合うってよ!」
「どっちが勝つと思う?」
「流石にロイドじゃねえか?」
「いやでも、新人の方も学園に在籍中に殊勲章を授与されるほどの手練れだとか」
「殊勲章! そりゃすげえ!」
見物席にはクロエの他にも人だかりが出来ていた。
“漆黒の死神”と呼ばれる、王国屈指の剣士ロイド。
そして今年の騎士学園主席、期待の新人ルークとの一戦ともなれば、第一騎士団所属の騎士達にとって昼食よりも大事なイベントだった。
一方のクロエは気が気でなかった。
(ロイドさん、大丈夫でしょうか……)
両手を祈るように握り締め、固く結んだ唇を震わせている。
もしロイドが怪我でもしたらとハラハラドキドキだった。
「そんな心配しなくても大丈夫だよ」
隣に座るフレディが呑気な声で言う。
「フレディさん、でも……」
「使用する剣はお互いに木製だから、殺傷能力はほぼ無い。それに……」
スッと目を細めて、静かにフレディは言う。
「ロイドは本当に、強いから」
フレディの言葉で、思い出す。
初めて王都に来て、チンピラから助けてもらった時の事を。
フレディの家での夕食後、公園でチンピラ達に襲撃された際のロイドの立ち回りを。
ロイドの戦闘力は一級品で、誰に対しても負けないのではという安心感があった。
加えて、ロイドが毎日家に帰っても夜な夜な剣の素振りを欠かさないのを、クロエはその目で見てきている。
「そう、ですね……」
表情から弱気を取り除き、ぎゅっと拳を胸の前で握ってからクロエは言う。
「ロイドさん、頑張れ」
心の底からの応援している様子のクロエに、フレディは微笑ましげに口元を緩めた。
一方のフィールドでは無表情のロイドと、好戦的な笑みを浮かべるルークが対峙している。
二人は重そうな騎士服から、動きやすい試合着に着替えていた。
「逃げずに決闘を受けた事は褒めてあげるよ」
相変わらずの上から目線のルーク。
「まだ朝食が胃に残っていてな。せっかく届けてくれた弁当を美味しく食べるために、少し身体を動かしておこうと思った。それだけだ」
どこか煽るような口調でロイドが返すと、ルークは「ちっ」と舌打ち。
「舐めた口利きやがって……二度と飯を食えない体にしてやるよ」
「ちょうど良い。俺も、お前の腐った性根を叩き斬ってやろう」
睨みを利かせるふたり。
そんな中、ルークが見物席を見遣って言う。
「僕が勝ったら、お前の所の家政婦を好きにさせろ」
「良いだろう」
ロイドの返答に、ルークが眉を寄せる。
「了承して良いのか? 彼女は、お前のお気に入りだろう?」
「心配には及ばない」
力強くロイドは言葉を口にする。
「俺が負ける事は、万が一にもあり得ない」
「言うねえ……そうでなくっちゃ」
面白くなってきたと言わんばかりに、ルークが笑みを浮かべる。
「俺が勝ったら、俺に絶対の服従を誓え」
「良いよ」
「お前こそ、良いのか?」
「僕が負ける事も、あり得ないからね」
「自信があるのは良い事だ」
バチバチと激しい視線を躱す二人。
やがて審判役の男がやってきて、ルールを説明し始める。
「それでは試合を開始する。勝利条件は相手の武器の破壊、もしくは相手が参ったと言うまで。大きな怪我や命に関わる攻撃が入った場合は、こちらの一存で試合を中断する。準備はいいか?」
「いつでもいいぜ!」
「問題ない」
「では、配置につけ」
審判の言葉に従って、ロイドとルークが所定の位置に移動する。
フィールドには白線で目印が引かれており、そこが開始位置として定められているようだった。
ロイドとルークが、お互いに剣を抜いたのを確認してから男が手を上げる。
そして、思い切り振り下ろした。
「始め!」




