第89話 ナンパ
(お若い方……)
青年に対するクロエの第一印象はそんな感じだった。
若いという表現は、この第一騎士団という場所に対してという意味である。
十六の自分と比べると同じくらいか、一つか二つ上だろうと思った。
少年ぽさを残した顔立ち、短く切り揃えた白髪に、琥珀色の強い瞳。
身長はロイドより少し低いくらいだが、クロエと比べるとずっと高かった。
服はフレディが着ていたような白い騎士服だが、至る所にアクセサリーやら貴金属をつけているせいか何やら趣味の悪い服になってしまっている。
「それで、君は誰だい? 第一騎士団の関係者?」
訊かれて、反射的にクロエは彼がロイドの同僚だと判断し慌てて頭を下げた。
「は、初めまして、クロエと申します。本日は所用がありましてこちらに……」
「ふうん、クロエか。悪くない名だね」
クロエの素性など興味がないと言わんばかりに言葉を被せてくる青年。
何処か高圧的な物言いにクロエは思わず後退りしそうになる。
「あの……失礼ながら、お名前をお伺いしても?」
「僕か? 僕の名はルーク・ギムル! 誉ある騎士学園を主席で卒業した、第一騎士団の期待の新人だよ」
「は、はあ……ルーク様、ですね。よろしくお願いします」
念の為『様』付けをし、社交辞令的な流れでクロエが頭を下げると、ルークは意外そうに目を丸める。
「……あの?」
反応の意図が汲み取れず、クロエが首を傾げると。
「その様子だと、ギムル家を知らないようだね」
「申し訳ございません、存じ上げておらず……」
「王都に住んでいたら大抵名を聞く家名だと思うけどなー。もしかしてクロエ、王都に住んでないとか?」
「い、いえ……王都に住んでいます」
いきなりの呼び捨てに少々面食らいつつも、おそらく彼は位の高い貴族の方なんだろうと察する。
「ふうん、そっか。じゃあ、最近辺境のド田舎から引っ越してきたとか?」
ルークの言葉に、クロエはビクッと肩を震わせる。
「そそそ……そんな事はありませんよ。平民の身なので、貴族事情に疎いといいますか……」
「平民!? その出立ちで?」
ぎょっとルークが表情に驚愕を浮かべる。
彼の驚愕も無理はない。
血統は生粋の貴族であるクロエの容姿は元々からレベルが高く、かつ今はドレスも化粧も目一杯洒落込んできている。
そこらへんの上級貴族の令嬢と比べても遜色ない、いや、下手したら社交界で常に話題になるほどの容貌をクロエはしていた。
「平民にしては勿体無い、なかなかのものだと思うけどねー」
クロエの全身に、ルークはジロジロと視線を這わせる。
(この方、苦手かも……)
他人に消極的な印象を滅多に持たないクロエだったが、ルークに対してはそう思わざるを得なかった。
実家にいた、自分に対し悪意を含んだ視線を向けてくる者たちと系統が似ているというか。
少なくとも、ロイドやフレディといった第一騎士団に所属している人たちの、礼節を重んじる雰囲気とは真逆に感じた。
失礼な言い方になると、品が無い。
どこか粗暴な香りをクロエは敏感に感じ取っていた。
そんなクロエの胸襟などお構いなしにルークは言う。
「なかなか面白い奴だ、気に入った。入団式が退屈すぎて途中で抜け出して来たけど、これは良い出会いをしたよ」
「は、はあ……ありがとうございます?」
「平民の立場でありながらその美貌、なかなかのものだよ。今なら僕の愛人たちの一員に加えてやっても良い」
「アイ、ジン?」
一体この人は何を言っているのだろうと、頭が追いつかないクロエ。
男女間の関係に疎いクロエにルークの言葉が理解できなかったが、了承したら自分がとてつもなく嫌な目に遭いそうと言う拒否感に近い感覚はあった。
「どう?」
「え、いや、あの……」
ずいっと踏み出してくるルークに、クロエは思わず一歩下がる。
助けを求めるように兵士に視線を向ける。
クロエが困っていることは一目瞭然で、兵士はハッとした様子で声を上げた。
「こ、こらっ……その辺にしておきなさい。クロエさんが困っているじゃないか」
「黙れ、平民上がりの騎士風情が」
クロエに向けていた態度から一転。
ぎろりと、兵士を強い瞳で睨みつけるルーク。
低く、底冷えするような声に、兵士はおろかクロエまで身を縮こませた。
「僕に口を利ける立場だと本気で思っているのか? ギムル家の次期当主であるこの僕がその気になれば、お前が明日から路頭に迷うようにする事なぞ造作も無いことだぞ?」
兵士ににじり寄りながらルークは言う。
見るからにルークの方が年下で体格的には兵士の方が大きいのに、全身に纏う自信と態度の大きさは尋常ではなかった。
「も、申し訳ございません、決してそのような事は……」
「懸命な判断だ」
慌てて頭を下げる兵士に、ルークは「ふん」と鼻を鳴らす。
権力を傘にして他人に圧をかける態度に、クロエは怖じ恐れた。
もはや、ルークに対する印象は地の底にまで落ちていた。
「さて、邪魔者はいなくなった」
にこりと笑って、ルークがクロエに向き直る。
フラットに見れば、今まで何人もの女性を落としてきたであろう端正な笑顔。
しかし先ほどからの豹変っぷりを目にしていると、切って貼り付けたような笑顔に思えてクロエは恐怖を感じた。
「とりあえず、まずはお互いを知ることから始めよう。手始めに、これからお茶でもしに行かないか?」
そう言って、ルークが手を伸ばしてくる。
「ひっ……」
生理的に無理という感情を咄嗟に抱いて、短い悲鳴が口に出てしまった。
今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られたが、身体が凍りついたように動かない。
(ロイドさん……!!)
その名を心の中で叫んだその時。
「クロエか?」
今、最も来て欲しかった人の声が鼓膜を震わせた。




