第86話 問題児ルーク
「全く、シケた会場だなー」
聞き覚えのある、そして荘厳な入団式が執り行われる場に相応しくない声がロイドの鼓膜を叩いた。
振り向くと、問題の新人──侯爵貴族の令息、ルークが見るからに大きな態度で会場入りしていた。
年齢は騎士学園を卒業したばかりと言うこともあり、ロイドよりも二、三下だろうか。
少年ぽさを残した顔立ち、短く切り揃えた白髪に、琥珀色の鋭い瞳。
身長はロイドより少し低いくらいだが、平均に比べるとかなり高めだ。
服は以前見た紺色のブレザーでは無く騎士団の正装になっているが、全身の至る所にジャラジャラとアクセサリーやら貴金属をつけているせいか、成金貴族の趣味の悪い服になってしまっている。
彼の背後には、 年齢はルークと同じくらいに見える女性が二人。
どちらも荘厳な会場の雰囲気にふさわしくない、目のやり場に困る服を着ていた。
そんな二人の女子を目にした途端、フレディの瞳が厳しいものになった。
我が物顔でこちらに歩いてくるルークの前に、フレディが立ちはだかる。
「お、こんにちは、副団長さん」
覚えたばかりであろう、胸に手を当てて頭を下げる騎士の礼をするルーク。
心から従順に従っているわけでは無く、多くの人の目がある場だから最低限のマナーを守っておこう、という魂胆が滲み出ていた。
「こんにちは、ルークくん。しっかりと騎士らしい振る舞いを覚えてきたようで、安心したよ」
フレディがあえて突くと、ルークはぴくりと眉を動かす。
「いえいえ、この前は迷惑かけまして、申し訳ございませんでしたね。少し感情的になってしまいまして」
「ああ、気にしないでいいよ、不幸な行き違いというのはよくある事だからね。ところで……」
ちらりと、ルークの後ろの女性二人を見やってフレディは尋ねる。
「そちらのお嬢さん二人は、式の関係者か何かかな?」
「いいえ、別に? 騎士学園時代から、僕のファンだって言ってついて来ている子たちですよ。いやはや、モテる男は辛いですよね、ホント」
やらやれと全く困ってなさそうにため息をつく。
騎士らしい振る舞いはどこかへ消え去ってしまったようだ。
「ファンだなんて、とんでもありませんわ」
「私達は、ルーク様を心からお慕いしているだけです」
女性二人はルークの肩に縋るように手を当ててうっとりした声で言う。
思わず顔を顰めるロイド。
騎士の入団式という厳かな場に連れの女を二人も連れてくる事自体、正気の沙汰じゃない振る舞いでしかない。
普通の新人なら即刻追い出され、今からでも入団の取り消しの検討に入る所だろうが、不幸な事にルークはこの国でも上位に君臨する侯爵貴族の令息。
そこまでの強硬な手段には出れないのだろう。
という諸々の事を考えた上で、フレディがにこやかな笑顔のまま言う。
「それでは、そちらのお二人にはご退場をお願いしていいかな? 申し訳ないが、これから行われる式には、関係者以外立ち入り禁止なんだ」
「それ、本気で言ってます?」
フレディを睨みつけてルークは言う。
「僕の騎士としての映えある門出の日を祝おうって、二人は駆けつけてくれたんです。だから、いいでしょう?」
「良くない。規則は規則だ」
にこやか面持ちから一転、フレディが真面目な表情で諌める。
自分の親の権威を振り翳してもフレディが靡かない事は、以前の出会いで証明されている。
しばし、両者視線を交わし合っていたが。
「…………ちっ」
忌々しげに舌打ちしてから、ルークは優しげな顔を二人に向けた。
「カミラ、ジェフリー、ごめんよ。どうやら騎士団という場所は学園よりも融通が効かないようでね。申し訳ないけど、今日は……」
「お気になさらないでください、ルーク様」
「私たちは、いつもの場所で待っておりますので」
思わず鳥肌が立つような猫撫で声で言ってから、二人はルークの頬にキスをした後ホールを後にした。
「これで満足ですか?」
「ご協力感謝するよ」
「仕方無くですからね、僕の方が妥協したに過ぎません」
「そうかい。さあ、式の開始までもう時間がないだろう、早く所定の場所へ行った方がいい」
歯牙にも掛けない調子でフレディが言うと、ルークは無言で一礼して歩き去っていった。
「毎年変わり者が入団してくるが、入団式に女を連れてくる奴は初めてだ」
「貴族の悪いところを凝縮したような奴でしたね」
「違いない」
やれやれと息をつくフレディに、ロイドが不機嫌そうに言う。
「やはり俺には対処が難しいです。あのような態度を取られてしまったら、問答無用で抜刀してしまいます」
「ははっ、漆黒の死神が鮮血の死神になってしまうな」
規則や集団行動に厳格なロイドは、ルークの立ち振る舞いに我慢ならない所があるのだろう。
見るからにイライラした様子のロイドに、フレディは苦笑を浮かべる。
「せめて、剣の腕は一流である事を祈るばかりだな」
「期待はしていません」
切り捨てるようにロイドが言うと、フレディは肩を竦める。
「それじゃ、俺は行くよ」
「はい、お疲れ様です」
フレディも立ち去る。
一人になって、ロイドは深いため息をついた。
もうじき入団式が始まる。
これから彼が団員に加わると思うと、先が思いやられてしまうロイドであった。




