第85話 入団式の準備
クロエがせっせと身支度をしている一方。
王城の、主に式典などで使用される大きなホール。
「あいたっ」
入団式の準備のため来賓席用の椅子を運んでいるロイドに、小さな衝撃。
「大丈夫か?」
背中から当たってきた男に、ロイドが尋ねる。
「す、すみません、よく前を見てなくて……ひっ」
ロイドの顔を見るなり、男はみるみるうちに表情を強張らせた。
(見ない顔だが、新人だろうか……)
そんな事を思っていると。
「す、すみませんでしたーーー!!」
男はペコペコと頭を下げた後、ぴゅーっと逃げ出してしまう。
あのリアクション的に、ロイドのことを知っていて恐れを為していたようだった。
「おいおい……ロイドが新人を威嚇してるぞ……」
「ひゃー……トラウマモノだな、ありゃ……」
こちらを見ながら、団のメンバーがヒソヒソと言う。
(大方、ある事ない事吹き込まれたのだろうな)
小さく息をついてから、ロイドがメンバーの方に視線を向ける。
すると彼らはびくっと肩を震わせていそいそとその場を立ち去ってしまった。
再び、ロイドはため息を吐く。
団内でトップの強さを誇り、王国屈指の剣士として一目を置かれているロイド。
本来であれば尊敬される立場である彼だが、本人にあまりにも愛想が無く、常に無言で怖い顔(本人にはその自覚なし)をしている事から、団内では“漆黒の死神”と呼ばれ恐れられている。
彼らとのコミュニケーションをおろそかにしてきた自分にも非があるという自覚はあるし、ロイド自身、馴れ合うつもりもないので特に現状を変えようという気も無かったが。
(最近、妙な虚しさを感じるな……)
以前までは感じることのなかった空虚感。
家では常にクロエと一緒にいる分、職場でひとりの時に違和感を抱いている。
もちろんフレディなど話しかけてくれる者もいるが、他の団員と明らかな距離が生じている事に何ともいえないもの悲しさを覚えていた。
(あ、弁当……)
クロエの事を考えていたらふと、思い至った。
今朝も台所で、クロエがせっせと弁当を作っていた場面を見ていた。
その肝心な弁当を、見事に忘れてしまったようだった。
「どうしたロイド? やけに落ち込んでいるじゃないか」
ロイドがずーんとなっていた所に、フレディが話しかけてきた。
「俺はいつも通りなのですが」
「嘘つけ、俺にはお見通しだぞ」
犯人を発見したみたいに見てくるフレディに、ロイドは無言を貫く。
「そっかー、クロエちゃんと喧嘩しちゃったかー」
「いえ、してませんが」
「じゃあ、クロエちゃんが家出しちゃったかー」
「いえ、家にいますが。なぜクロエ絡みの悪い可能性しか考えないのですか?」
「ロイドが落ち込むと言ったらそれしかないだろうと思って!」
「そうとは限らないと思いますが」
「じゃあなんでそんな落ち込んでるんだ? んん?」
はよ教えろよと言わんばかりに、フレディが迫ってくる。
変な勘ぐりをされても面倒なので、ロイドは白状することにした。
「……弁当を、忘れてきました」
言うと、フレディはぶわっはっはっはと膝を叩いて笑った。
「笑う要素、どこにありました?」
「大の大人が! それも漆黒の死神と恐れられる王国屈指の剣士が! 愛妻弁当を忘れてしょんぼりとは、笑うしかねえだろ!」
「愛妻弁当ではなく、家政婦弁当です」
「真面目か!」
盛大に突っ込んだ後、やれやれとため息をつくフレディ。
「それにしても、あれから毎日弁当を作ってくれてるあたり、クロエちゃんも健気だねー」
「とても優秀な家政婦で、助かっています」
「いやいや、愛あっての事でしょ」
ぴたりと、ロイドの手が止まる。
「どういう意味ですか」
「控えめに見ても好きじゃん」
「誰が、誰を?」
「クロエちゃんが、ロイドのこと」
何を当たり前のことを、と言わんばかりのきょとん顔で言うフレディ。
「それは……」
無いでしょう、と言いかけて口を閉ざした。
無いと言い切れない事を、ロイドはここ最近のクロエとの生活で薄々感じ取っていた。
「お前こういうのには本当無頓着だからなー……流石にそろそろ、クロエちゃんのことを真面目に考えてあげた方がいいと思うぞ?」
「…………」
フレディの言葉で、考え込む。
フレディの言う通り、この手の色恋沙汰に対してロイドは幼子レベルの経験値しかない。
今までずっと剣一筋で生きてきたのもあって、学ぶ機会は皆無だった。
だから、わからなかった。
自分の気持ちも、クロエの気持ちも。
だが。
(クロエは、俺のことを……)
どう思っているのか、気になってしまっている自分がいる。
さすがに、好意的に見てくれてはいるとは信じたい。
しかしあくまでもそれは親愛的な好意でだろうと、ロイドは考えている。
元々のきっかけが、どこか遠い場所から家出をしてきて暴漢に襲われそうになったところを、ロイドが助けた事から始まっている。
クロエからすると、ロイドは恩人として映っているに違いない。
(そもそも、俺のような人間が……)
人に好かれるわけがないという強い思い込みが、ロイドにはあった。
椅子から手を離し、自分の手を見つめる。
剣ダコが並んで硬い箇所がある以外はなんの変哲もない、綺麗な手。
その手が不意に、真っ赤に染まって──。
────キミは、ちゃんと生きてね。
「……っ」
心臓が跳ねる。
蘇った。
生々しい感覚が。
甘い花と錆びた鉄が混じったような匂いが。
吹き出して顔にかかった液体の温かさが。
フラッシュバックのように蘇ってきて。
「どうしたロイド? なんか、顔色悪いぞ?」
フレディの声でハッとする。
「……なんでもありません」
理性を強くして、脳裏に浮かんだ光景を、声を、押し込む。
大きく深呼吸をすると、すぐに気持ちは落ち着いてきた。
「体調悪いなら正直に言えよ? 式の途中でぶっ倒れると堪ったもんじゃないからな」
「大丈夫です。体調は何の問題もありません」
ほんの少しだけ寝不足気味だが、それは体調不良のうちに入らないだろう。
「ま、真面目なお前に限って心配はしてないけどよ。それよりも、問題の新人が何か妙な事起こそうとしてたら、対処の方よろしくな」
「立場的にそれは副団長が適任でしょう」
眉を顰めてロイドが言ったその時。
「全く、シケた会場だなー」
聞き覚えのある、そして荘厳な入団式が執り行われる場に相応しくない声がロイドの鼓膜を叩いた。




