第77話 読書
「あの、つかぬことをお聞きいたしますが」
「む?」
夕食後、皿洗いも済まして二人でソファでのんびりしている時。
ふと、クロエは尋ねた。
「ロイドさんはお暇な時、何をしてるのですか?」
一緒に暮らしているとはいえ、部屋はそれぞれ別だ。
夕食をとって少しまったりした後はロイドは庭で鍛錬を、クロエはその鍛錬を眺めるか部屋に戻ってしまう。
そのため、自由時間の時にロイドは何をしているのかクロエは知らなかった。
「暇な時、か……」
ふむ……と顎に手を当ててからロイドは言う。
「剣を磨いたり、甲冑を磨いたり、鍛錬したりしてる」
「アア……ナルホド……」
「聞いた私が間違っていました、みたいな顔だな」
「いえいえそんなそんな!」
ぶんぶんと顔を振るクロエ。
しかし正直なところ、やっぱりかーという気持ちはあった。
「そもそもの質問の意図としては、空いた時間に何をして良いのかわからず、参考になるかと思って聞いたといったところか?」
「さ、流石……その通りです」
寂しそうに目を伏せてから、クロエが溢すように言う。
「家政婦のお仕事以外で、自分がやりたい事が見つからなかったのです。それで……なんだか、私って本当に空っぽなんだって思って……」
「なるほど」
ふむ、とロイドは黙考した後、クロエの頭にそっと手を乗せた。
「ロイドさん?」
「そう落ち込むことはない」
ぽんぽんと、優しく頭を撫でながらロイドは言う。
「今まで、自分と向き合う時間がなかったのだろう。時間はたくさんある、焦らず、ゆっくりと見つけていくといい」
「……お気遣い、ありがとうございます。そうですよね、時間はありますから……焦る必要は、無いですよね」
とは言ってみるものの、やはりクロエの声は不安げだった。
「念のため言っておくが、これは気休めなどではなく実体験に基づいた言葉だ。クロエの……やりたい事がわからないという気持ちを、俺も痛いほどわかっている」
「そうなんですか?」
クロエの不思議そうな視線がロイドを見上げる。
「ジャングルの施設から王都に移って、俺はしばらくの間、自分の存在意義を見失っていた。それまでずっと、ただ強くなることを、ただひたすら戦うことを強要されてきたから、それ以外に自分がやるべき事がわからなかった」
どこか懐かしむような目をして、ロイドは続ける。
「その中でも、自分でいろいろ試したり、周りの人に言われた事をやってみたりして、じっくり時間をかけて、少しずつ見つけていった。これはあくまでも俺のケースに過ぎないが……きっと大丈夫だ、そのうち見つかるだろう」
ロイドなりの、クロエの心中を慮っての言葉。
しかし一方で、クロエの胸はちくちくと痛んでいた。
時折ロイドが口にする自らの過去については、未だに慣れないものがある。
ただロイド自身はさほど気にしていないようだから、自分がいちいち動揺するべきではないとクロエもわかっている。
思考を切り替えて、クロエは口を開く。
「はい……ありがとうございます、じっくりのんびり、探してみようと思います」
「うむ、それでいい」
小さく笑みを浮かべるロイド
しかしふと気づいたように言葉を落とした。
「読書とか、どうだろう……」
「読書……」
頭にするりと入ってきた言葉を噛み締めるクロエ。
確か、実家にも書庫があった。
しかし当然入室は禁じられていたし、そもそも本を読む時間がなかった。
「いいですね、読書……自由時間にぴったりそうです」
アウトドアかインドアで言うと、インドアな趣向の自分にはマッチしてそうな習慣だとクロエは思い至る。
「そういえばロイドさん、たまに本を読んでいますよね?」
「ジャングルの施設では文字の読み書きをロクに教えてくれなかった。保護されて王都に来て、騎士団に入ると決まってから学びの一環として本を読まされるようになったんだ」
懐かしいとばかりに眼を細めてロイドは言う
「最初は億劫で仕方がなかったのだが、慣れるとなかなか面白い事に気づいてな。精神統一にもなるし、自分の頭では思いつかない様々な世界を体感できるのはとても奥深かった」
「なるほど……そう、だったんですね……」
また胸がちくりと痛んだが、決して表には出さない。
気を取り直して、クロエは尋ねる。
「何か、ロイドさんが持っている本でお薦めはありますか?」
するとロイドは微妙そうな表情をして頭を掻いた。
「クロエに薦められそうな本はないな。俺が読んでる本は基本的に、戦闘に関連した技術書や、剣士が戦う小説ばかりだ」
「な、なるほど……流石、ブレませんね」
「だから、本屋に行って自分に合ったものを探すと良いと思う」
「確かにそうですね」
よしっ、と胸の前で両拳を握ってクロエは意気込む。
「明日、本屋さんに行ってみます」
「それが良い」
「相談に乗ってくださって、ありがとうございました」
ぺこりと、クロエはロイドに頭を下げた。
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