第76話 美味しいと言ってくれること
夜、夕食時。
ロイド家の食卓。
「美味い」
今日のメイン料理である鱒の醤油バター焼きを口に運んでロイドは言った。
「ふふっ、お気に召していただけたようで良かったです」
「うむ、鱒は大昔に川で取った物をそのまま食べた事しかなかったが、ちゃんと料理をするとこんなにも美味しくなるのだな……」
「そのまま生で!?」
「あの時は一週間ほど水だけで活動していてな。身体が動かなくなってきて流石にまずいと思い、自家製の釣具で取った」
「なるほど……」
ジャングルでの出来事だろうと思いつつも、そこには触れずに言葉を返す。
「お腹、よく壊さなかったですね」
「三日ほど下腹部に強い痛みがあったが、問題ない」
「それは完全に壊してます、大問題です」
「……むう、そうか」
押し黙るロイドに、クロエは笑顔で言う。
「今日は鱒を美味しく食べて、酷い目に遭った事は忘れましょう」
「うむ……そうする事にしよう」
その後、悲惨な過去を上書きするように美味い美味いと頷きながら食べるロイド。
相変わらず無表情だが、微かに頬が緩んでいる事にクロエは気づいている
この二ヶ月間一緒に過ごす中で、鉄仮面なロイドの些細な表情の変化がクロエはわかるようになっていた。
「鱒自体もそうだが、味付けが癖になるな。非常に好みだ」
「鱒をカリッとフライパンで焼き上げた後、醤油とバターと絡めて上からレモンを絞っているんです」
「美味く無いはずがないな。マッシュルームとの相性も抜群だ」
「バター醤油とマッシュルームは奇跡の組み合わせですからねえ」
笑顔を溢しながらクロエは言う。
実家では、料理を作る事は強制的な義務だった。
せっかく作っても無反応か、『なんだこのクソまずい料理は!』と怒鳴られるか、『作り直せ!』と皿ごとひっくり返されたりと、散々な目にあってきた。
だからこうして自分の作った料理を美味しいと言ってくれるのは、とても嬉しい事であった。
「ふふっ……これでもうひとつ、ロイドさんの好物が増えましたね」
「クロエの料理で好物じゃなかった物はない」
「またまた、そんな……」
「本心だ」
真面目な表情でロイドが言う。
ロイドがお世辞を言ったり、嘘をつくような性格ではない事をクロエは重々承知している。
クロエの料理はロイドにとって、どれも絶品なのは間違いなさそうだった。
胸の中に広がる温かい感情。
(やっぱり……)
改めて、思った。
作った料理を美味しいと言ってくれる事は、本当に嬉しい事なんだなって。
「……ありがとう、ございます」
ロイドに聞こえないくらい小さな声で、クロエは呟くのであった。




