第72話 フレディと昼食
クロエがケバブを頬張ってあまりの美味しさに度肝を抜かれている同時刻。
王城の第一騎士団の訓練場にて。
昼休憩に入り多くの騎士たちが食堂へと足を向ける中、ロイドはひとり風呂敷に包まれた木箱を取り出した。
朝、クロエが持たせてくれたお手製弁当である。
一見すると、いつもの険しい表情で近寄り難いオーラを放っているロイドだが、内心は胸を弾ませていた。
箱を開けると、そこには綺麗に区分けされた食べ物が並んでいた。
クロエの言った通り、大きめの木箱にはローストポークやサラダ、一口大に切られたパン、そして目玉焼きまで入っている。
「……旨そうだ」
昨日の夕食と今朝の余りではあるが、普段は昼食を食べないか携帯食を齧っている身としては豪華なご馳走に感じられた。
「いただきま……」
「ロロロ……ロイド!!」
まずはローストポークからと思っていた矢先、聞き覚えのある声がして振り向く。
「……副団長」
第一騎士団副団長のフレディは、口をあんぐり開けてロイドの弁当を凝視していた。
長めの金髪に青空を思わせるブルーの瞳。
いつもヘラヘラと軽い笑顔を浮かべているフレディだが、今は表情を驚愕に染めている。
「お前それ……!! 愛妻弁当じゃねーか!」
ロイドの弁当を指差し、フレディは悲鳴にも似た声をあげた。
「家政婦弁当です」
ロイドが真面目な表情で突っ込むと、フレディはガクッとオーバーに肩を落とす。
「ロイドさんよ、たまには乗ってくれてもいいんじゃねーの?」
「乗り方がわからないもので、すみません」
「知ってる」
けらけらと、フレディはいつもの軽薄な笑いを漏らし、ロイドの弁当を覗き込んだ。
「おー、美味しそう! クロエちゃんお手製?」
「他に俺に弁当を作ろうなんて人はいませんよ」
「だよな! しっかし遂に弁当まで持たせてくれるようになったか……着実にロイドの胃袋を掴みにいってるな」
「語弊のある言い方はやめてください。クロエは、家政婦としての仕事をこなしてくれているだけです」
「ふーん、クロエ、ねえ」
「……なんですか」
ニコニコ、ではなくニマニマといった笑みを浮かべるフレディに訊くも「別に〜」とはぐらかされた。
(なんなんだ……本当に)
自分とタイプが全く違うフレディは、何を考えているのかさっぱり見当がつかない。
小さく息をついた後、ロイドは険しい表情のまま尋ねる。
「あの、そろそろ食べてもいいですか?」
「おお悪い、もちろん! せっかくだから俺もここで食べていいか?」
「副団長の要望を断れるわけがないでしょう」
「真面目か!」
やれやれとため息をつきながら、フレディが隣に腰を下ろす。
フレディも、風呂敷に包まれた弁当を持っていた。
パンッとフレディが手を合わせる。
「いただきます!」
「……いただきます」
気を取り直して、ロイドはローストポークから口に運んだ。
(……旨い)
口に出したらフレディに弄られそうな気がしたので、ロイドは心の中だけで呟く。
作り立てではないためひんやりしているが、肉は柔らかく肉汁がじゅんわりと染み出す。
冷たくなってもちゃんと美味しいあたり、クロエの料理スキルの高さが窺えた。
ポークと一緒に一口大のパンも頬張ると、肉と小麦粉の見事なマリアージュが実現する。
午前中に動き回って空っぽになった胃袋が歓喜の声を上げた。
三日三晩何を食べなくてもパフォーマンスを落とさない自信があるくらいにはロイドの身体は丈夫だが、やはり美味しいもの食べると食べないとじゃ気分の高揚が違う。
午後の訓練はいつもより頑張れそうだと、ロイドはクロエに心の中で感謝の言葉を送った。
「しっかしクロエちゃんお手製の弁当だなんて! 羨ましいぞ! ロイド! こら!」
ロイドを肩で小突きながらフレディが言う。
「副団長はいつも、奥さんに作ってもらっているでしょう」
「うお、バレていたか」
「その手に持っている弁当はなんですか?」
「愛妻弁当!」
「そろそろ突っ込むのも面倒になってきました」
女性関係で常にトラブルを抱えてそうな端正な顔立ちをしているフレディだが、こう見えて一児の父であり愛妻家だ。
自分の奥さんと娘がいかに素晴らしいかよく力説してくるので、家族に対するフレディの愛の深さは想像に容易い。
面倒見も良く、無愛想ゆえに団内で孤立気味な自分をよく気にかけてくれたため、ロイド自身フレディに対し感謝の気持ちを持っていた。
「……ご馳走様でした」
ロイドが食べ終わったタイミングで、フレディが尋ねてきた。
「最近どうよ?」
「どう、とは」
「クロエちゃんとに決まってるじゃんないか。何か、進展あった?」
「進展も何も、クロエはただの家政婦なのですが」
「ただの家政婦、ねえ……」
やはり何を考えているのかわからない笑みを浮かべるフレディ。
「年頃の男女が二人、一つの屋根の下……何も起こらないわけない!」
「ご期待に添えず申し訳ございませんが、本当に何も……ああ、そういえば」
「お、なんだなんだ!?」
「下の名前で呼び合うようになりました」
再びガクッと肩を落とすフレディ。
「学生の恋愛かよ! 恋人なら男としてこう……もっと、あるだろ!?」
「そもそも恋人関係ではなく、雇用関係です」
冷静にロイドが返すと、フレディは「ダメだこりゃ」と両掌を空に向け、やれやれのジェスチャーをした。
(……何も起こらないわけがない、か)
ふと、考える。
一般論で言えば、今の状況は確かに何かが起こっていても不思議ではない。
いくら雇用関係とは言え、年頃の男女が二人きりで一つ屋根の下で暮らしているのだ。
それでも何も起こっていないのはひとえに、自分とクロエがお互いに一定の所で強くラインを引いているからだろう。
(とはいえ……)
たまに、そのラインを超えそうになってしまう事がある。
無愛想でムスッとしていて、漆黒の死神と呼ばれ恐れられていた自分に対し、クロエは少しも怖がる事なく笑顔で接してくれた。
そんな彼女と過ごす日々は心地よくて、距離も少しずつ縮まっていって。
フレディの家で夕食会をした帰りの公園で、自分の過去を打ち明けてもなお全てを受け入れてくれたクロエに、ロイドが好意的な感情を抱かないはずがなかった。
(だが、俺達は恋人同士ではない……あくまでも主人と家政婦の関係だ)
幼少期、ジャングルの施設にて。
上司と部下といった関係の重要さを強く身体に叩き込まれたロイドが、一時的な自分の感情に流されるような事はない。
だが一方で、クロエの言葉に、笑顔に、一挙一動に、感情が乱されているのも確かだった。
彼女と過ごしていると、不意に顔が熱くなる、鼓動が速くなる、胸がきゅうっと締まる。
今はまだ頭を撫でるくらいで止まっているが、この先どうなるのかロイド自身、全くと言っていいほどわからなかった。
そんなことを考えていた、その時だった。
「だーかーら! 俺はただ歩いてただけだ! 先にぶつかってきたのはそっちだ!」
「違う! お前だろう! ただでさえ横幅がでけーんだから考えろ!」
「なっ……んだとてめえ!」
どこからか言い争うような声が聞こえてきて、フレディとロイドの表情が切り替わった。
「なんだなんだ?」
「トラブルですか?」
声のした方に顔を向けるふたり。
食堂から訓練場をつなぐ通路。
そこで言い争う、二人の男が見えた。
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