第70話 お弁当
「そういえばなのですが」
朝食後、お皿を洗っている最中。
「ロイドさんって、お昼ご飯はどうしているのですか?」
ふと浮かんだ疑問を、身支度をしているロイドに投げかけるクロエ。
朝食と夕食はクロエが手がけているが、昼食に関しては関知していなかった。
「食わない事がほとんどだな。たまに携帯食を齧っているが……」
「ええ、倒れてしまいません?」
パサパサで味気のない、栄養を摂ることだけに特化した携帯食を思い出しながらクロエは尋ねる。
「空腹はピークを過ぎればどうって事ない。訓練場から少し離れたら騎士専用の食堂もあるのだがな、いちいち行くのも億劫だと感じて行っていない」
「なるほど、そうなのですね……」
ロイドが毎晩行っている素振りを何度か見た事があるが、あれだけ激しい動きをしておいて昼食を摂っていないなんて考えられないと、クロエは思った。
誰かが何かしないと、ロイドのお昼の胃袋は空っぽのままだろう。
「ちょっと待っててくださいね」
お皿洗いを一度中断し、クロエはどこからか木箱を取り出して、せっせと何かを作り始めた。
木箱は両手からはみ出るくらいのサイズで、まだ新品の輝きを放っている。
ものの五分ほどでクロエは作業を完了したらしく、木箱を風呂敷に包んでロイドに差し出した。
「どうぞ!」
「……これは?」
ずしりとした重みを感じながらロイドが首を傾げる。
「お弁当です! 薄々、ロイドさんはお昼に何も食べてないんじゃ無いかと思って、昨日、お弁当箱を買ってきたんです」
「たいした予測能力だ。訓練すればきっと、相手の斬撃を避ける天才になれるぞ」
「それとこれとは全く違う話のような気がしますが……」
感心したように頷くロイドに、クロエは苦笑で返す。
ロイドのお馴染みのズレた発言は今日も健在であった。
「……といっても、入っているのは夕食のあまりとかなので、大した事無いですが……」
「夕食のあまりというと……ローストポークか」
「そうです! 昨日は豚の塊肉が安くてつい作り過ぎてしまいましたからね。あとはパンとか、付け合わせのサラダとかも入っています」
「それは大したことあるぞ。ローストポークは俺が今まで食べてきた夕食の中でもかなり上位に入る旨さだと感じた」
「お気に召していただけたようで何よりです」
えへへとはにかむクロエを見て、ロイドは咄嗟に目を逸らした。
クロエを前にしていると、時たま胸がざわっと揺らいで直視できなくなる。
なぜそんな現象が起きるのか、当のロイドは見当もついていなかった。
「いつも思うのだが、魔法のような事をするな」
「ずっと今までやってきたので、得意なだけですよ。私から見ると、剣を振るっているロイドさんがよっぽど魔法を使っているように見えます」
「使っていないぞ。昔から何度も同じ動きを繰り返して、身体に染み込んでいるだけだ」
昔、という単語を耳にしてクロエの胸がちくりと痛む。
あの日、フレディ家での夕食の帰り道に、ロイドは自分の過去を明かしてくれた。
ロイド自身もう過ぎた事と言っていたが、彼が経験した悲惨な過去が絡んだ事を口にするたびに胸が裂けそうな気持ちになる。
「……それと同じですよ。私も、身体に染み込んでいるだけです」
動揺を悟られないようにしてクロエが言うと、ロイドはピクリと眉を動かした。
何かを察したような表情だったが、特に深く突っ込む事はなく。
「なるほど、理解した」
そう言って、ショルダーバッグに弁当を入れた。
「何はともあれ、感謝する。昼にありがたく食べさせてもらうよ」
「はい! 栄養を補給して、お仕事頑張ってくださいね」
そんなやりとりを経て、玄関へ移動するふたり。
騎士御用達のゴツいブーツを履いたあと、ロイドはなんとなしにその名を口にする。
「それでは、クロエ」
「はい」
によりと、クロエが口元を緩ませた。
「どうした?」
「い、いえ……まだ少し、名前を呼ばれる事に慣れてないなーと」
ロイド以外の人には呼ばれても平気なのに、何故だろう。
答えは分かりきっているのだが、それをわざわざ口にするような事はしない。
ただ大好きな人に名前で呼ばれる事の嬉しさを噛み締めるばかりであった。
そんなクロエの頭に、ぽん、とロイドが手を乗せて。
「では、いってくる」
「いってらっしゃいませ、ロイドさん!」
ドアが閉まるまで、クロエは手をふりふり振って見送った。
「さて、と……」
一人になったクロエは、拳をぎゅっと胸の前で握る。
「とりあえず、一仕事やりましょうか」
数ヶ月前まで、地を這い血を流しながら奴隷のように働いていた者とは思えない、生き生きとした瞳でクロエは意気込むのであった。




