第68話 帰ってきた日常
昨晩、ロイドがチンピラたちを返り討ちにした後。
憲兵隊が到着した後、チンピラ達は全員連行されていった。
ロイドとクロエも事情説明のため憲兵所へ同行。
諸々の経緯を説明して結局、解放されたのは深夜だった。
家に帰ってくるなりクロエは倒れ込むように眠り込んだ。
夕食会からの公園での一幕、そしてチンピラ達の襲来など、色々ありすぎて普段よりも疲労困憊だったようだ。
それでも次の日はいつもの時間に目覚めるあたり、ロイド家の家政婦としての生活習慣が身に沁みているといえよう。
「おはようございます、ロイドさん」
「おはよう」
リビングでいつもの挨拶を交わす二人。
机には美味しそうな朝食が並べられている。
「いつもより、豪勢な気がするな」
「あ、バレました? 実は嬉しい事があったのですよ。それで少し、テンションが上がってしまって……」
るんるんした様子で椅子につくクロエ。
「嬉しい事?」
尋ねると、クロエは朝食のメニューに視線を下ろして言った。
「ロイドさん、何かに気づきませんか?」
クロエの言葉の真意を探る。
じきにロイドは目を見開いた。
「……きゅうりが、綺麗に切れている」
「流石、騎士様です」
「まさか……治ったのか?」
「おかげさまで」
クロエは嬉しそうに頷いた。
「今朝、料理している時に気づいたんです。包丁を見ても、握っても、以前のような震えが来ないことに。むしろ、包丁を使える事が楽しくて、ついつい作りすぎちゃいました」
机には、薄切りきゅうりのサラダや一口大に切ったウィンナー、たくさんの野菜を切って入れたスープなどがラインナップとして並んでいた。
──つまりは、刃物は自分を傷つけるもの、という思い込みが今のこの状態を作り出しているのだな。ということは逆に、刃物は自分を傷つけないもの、という認識になれば大丈夫になるのではないだろうか?
以前、ロイドが口にしていた言葉を思い起こす。
「たぶん昨日、ロイドさんが私を剣で守ってくれたから……刃物は私を傷つけない、私を守ってくれるものって、認識し直したんだと思います」
「なる、ほど……」
納得したように頷くロイド。
「特にそういった意図は無かったが……良い方向に転んでくれたようで、何よりだ」
「はい。本当にありがとうございます、ロイドさん」
「いや、礼を言うのはむしろ俺の方だ」
クロエをまっすぐ見て、ロイドは言う。
「あの時、君が剣を使っていいと言ってくれたから、無傷であの場を切り抜ける事ができた。もし素手のままだったら……かすり傷一つくらいは負っていたかもしれない」
「す、凄い。そ、それでもかすり傷一つなんですね……」
「騎士だからな」
なんでもない風にさらりとロイドは告げる。
「兎にも角にも、あの時、俺に剣の使用許可を出したのは君の勇気の賜物だ。だから、君の刃物の克服も、俺のおかげじゃない。他でもない、君自身が頑張ったからなし得た事だ」
(ああ、もう……本当に、なんでこの人は……)
朝からこんなに嬉しい事を言ってくれるのだろうか。
口元がひとりでにニヨニヨしてしまう。
心なしか、頬の温度も上がったような気がした。
「……ありがとう、ございます」
「何に対する礼だ?」
「何に対してもですよ」
不思議そうに首を傾げるロイドに、クロエは嬉しそうに言った。
「さあ、冷めてしまわないように食べましょう」
「うむ」
クロエの声がけで、朝食タイムが始まる。
この日食べた朝食は、いつもよりもとびきり美味しく感じた。
◇◇◇
「そういえば、君はあの時何を言おうとしたんだ?」
玄関での見送りの際、ロイドがクロエに尋ねた。
「あの時……?」
「昨日、奴らが襲ってくる直前に、私も話があるって」
「……。……!! あ!!」
思い出し、声を上げてしまうクロエ。
「あれは、えっと……えっとー……」
何を話そうとしていたのかは明確に思い出せる。
辺境伯の令嬢であることや背中の痣のこと。
忌み子と呼ばれ蔑まれ虐げられたこと……などだ。
だがそれは、間違ってもこんな出勤前の玄関で話すような話題じゃない。
それに、あの時のテンションだからこそ言えそうになっていたという部分も大きい。
今、その話を説明するには勇気と踏ん切りが足りなかった。
(とは言え……また濁しちゃうのもなあ……)
と思った結果。
「名前……」
「名前?」
「ロイドさん、私のこと、名前で呼んでくれませんよね。ずっと、君、君、君、って」
「ああ……そうだったか?」
「地味に気にしていたんですからね、なんか距離があるなって」
「それは……すまない。他意はなかった」
「ああいえ、怒ってるとかじゃ全然ないですから! ただ、可能であれば……」
上目遣いで、クロエは言ってみる。
「……名前で呼んで、欲しいです」
間があった。
相変わらず感情の読めない表情をしばらくしていたかと思うと。
ぽん、とロイドはクロエの頭を撫でてから──。
「……行ってくる、クロエ」
背を向けて、ロイドは玄関のドアに手をかけた。
ロイドが背を向ける際──彼の頬に赤みが差していたのがチラ見えした気がするのは気のせいだろうか。
「行ってらっしゃいませ! ロイドさん!」
ぱああっと満開の笑顔を浮かべるクロエ。
ドアが閉まるまで、クロエはぶんぶんと手を振ってロイドを送り届けるのであった。
「……よし、まずは掃除からやりますか!」
こうして、今日も変わらぬ一日が始まる。
クロエ・アルデンヌ。
元辺境伯令嬢、今は王都の騎士様の家政婦さん。
王都での楽しい日々は、まだしばらく続きそうだ。
これにて、第一章完結となります。
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