第61話 ロイドの過去
「物心がつく前に、俺の両親は事故で死んだらしい」
ロイドが口を開き、自身の生い立ちを語り始める。
「その辺りの記憶は曖昧で、よく覚えていない。後から聞かされた話によると、馬車の事故だったそうだ。俺だけ、生き残った」
クロエの胸がずきんと痛む。
突然の、両親との死別。
物心がつく前の幼子にとって、これほどショックな事はないだろう。
「命拾いしたはいいものの、それから困った事態が発生した。両親は駆け落ちで身分差婚をした経緯もあって、俺を引き取る親族が見つからなかった。本来であれば、身寄りの無くなった子供は国が管理する保護施設に入れられる事になっている筈だが……」
淡々と、ロイドは話を続ける。
「気がつくと、保護施設ではない、違う施設に入れられていた」
「違う、施設……?」
「“工作員養成所”と呼ばれる施設だ。これも、後で知った」
工作員という単語に、クロエの背中に緊張が走る。
「工作員と言ってもそこは、国の正式な機関ではない。むしろ、その逆。ローズ王国の政府に対し革命を目論む過激派組織が作った施設だった」
「そ、それって……」
「俺は、革命軍の一兵隊として育てられていた」
ロイドの目が僅かに、目を伏せる。
「本来、他者に対し躊躇いなく攻撃できるようになるには、子供のうちから刷り込ませた方が効率が良い。精神が成熟してから訓練させても、理性が邪魔をして攻撃を躊躇うようになる。そこで組織は、身寄りのなくなった子供を秘密裏に誘拐し、施設に入れ、生粋の戦士として育てるという活動をしていた」
「そんな……なんて酷いことを……」
思わず、クロエは口を覆った。
自分の知らぬ所で、そのような非人道的な行いがされていたという事に、少なからずショックを受けた。
「養成所での生活は熾烈を極めた。国の南にある広大なジャングルで毎日、訓練に従事させられた」
その言葉に、クロエの中で合点がいく。
──ジャングルでは三日三晩飲まず食わずなどザラだった。
──ジャングルで食料が尽きて、泥水を啜っていた時に比べれば雲泥の差だ。
──ジャングルではゲリラの戦闘員がいつ襲ってくるかわからなかったからな。
今まで聞いた『ジャングルでの出来事』は全て、ロイドの過酷な子供時代から来ているものだと理解した。
結果論だと思いつつも、クロエは尋ねる。
「……逃げようとは、思わなかったのですか?」
「微塵も思わなかった。洗脳とは怖いものでな。まだ物事の判断がつかない子供に、政府は敵だ、倒すべき存在だと毎日のように刷り込まれていくうちに、自身の行いが正しいものだと思い込むようになる。むしろ、俺は生きがいはこれだと、誰よりも熱心に訓練に打ち込んでいた」
ロイドの生真面目さは、生まれつきの素養なのだろう。
それが彼を生き延びさせたのだとしたら、なんとも皮肉な話だった。
「施設での生活は八年ほど続いた。来る日も来る日も、身体と精神を限界まで追い込んだ。ジャングルの奥地にナイフ一本だけ持たされて放置されたり、危険指定の猛獣と戦わされたり……っ……同じ訓練生同士で殺し合いをさせられた事も、ある」
ロイドの表情が微かに、悲痛に歪む。
もはやクロエは、言葉を発することが出来なくなっていた。
ロイドと初めて出会った時に目にした、彼の異常なまでの戦闘力。
それは、血塗れの地獄で培った長い年月によるものだと、理解した。
「毎日が死と隣り合わせの日々だった。先輩も、同期も、後輩も、数えきれないほど死んだ。弱った者は碌な食事も与えられず捨てられ死んでいった。この世に地獄があるとしたら、あの養成所のことを言うのだと、俺は迷わずに言える」
一旦息をついて。
「だが幸いなことに、元々俺には、剣の才と根性はあったようでな。死にかけたことは何度もあったが、運良く……本当に運良く、俺は生き残った」
焦燥を纏った声で、ロイドは言う。
月明かりに照らされた彼の表情は……今まで見たことの無いほどに、歪んでいた。
「それで……どうなったのですか?」
「幕引きは呆気ないものだった。ちょうど十二歳頃だったか。厳選された戦士たちの顔ぶれも揃ってきて、いよいよ革命が始まるというタイミングで、養成所の情報を嗅ぎ付けた王都の騎士団が攻め入ってきた」
無意識に、クロエの胸に安堵が舞い降りる。
「突然の夜襲だったため、養成所はあっという間に制圧された。俺はすぐに目覚め剣を取り戦ったが、当時の剣聖に敗れて捕縛された。良い勝負だったんだがな。剣の筋は互角だったと思うのだが、やはり相手の方が年の功で上だった」
まるで昨日のことを思い出すように、悔しさを滲ませるロイド。
剣技に絶対的な自信があっただけに、敗北は受け入れ難いものだったのだろう。
「騎士団に保護されてからは、王都の保護施設で二年ほど世話になった。そこで、洗脳から抜け出す事ができた。だが、それは同時に俺の生きる指針が消滅した事を意味していた。これからどう生きればいいのかと困っていた俺に、剣聖が騎士団への入隊を斡旋してくれた」
恩人を思い出すように、ロイドの表情に緩みが戻る。
「当時、反乱因子に所属していた奴を由緒ある王都の騎士団に入隊させるなど言語道断と反対があったみたいだが、剣聖が俺の剣技の才を理由に押し切って入団を強行したらしい。過大評価だと思うのだがな……。何はともあれ、入団する運びとなって、今に至るまでずっと、王都の騎士として働いている」
目を伏せたまま、ロイドは纏めの言葉を口にする。
「……ざっくりだがこれで、俺の身の上話は終わりだ」
魂ごと溢れそうなほど、大きな息をつくロイド。
「どうだ、たいして面白みもなかっただろ……」
言葉は最後まで、続かなかった。
「……な」
いつの間にか立ち上がったクロエが、ロイドの頭を正面から包み込むように抱き締めていたから。




