第53話 感謝
「今日もお願いしちゃってすみません」
夕食の材料も買い終えて家に帰ってきた夜。
台所で鶏肉を切り分けるロイドに、クロエが言う。
刃物がダメなクロエに代わって、今日もロイドが切り仕事を担当しているのだ。
「気にするな」
それだけ言って、黙々と鶏肉を一口大に切る表情は真剣そのもの。
与えられた任務を忠実にこなすロイドの生真面目さが窺えた。
鶏肉のあとは付け合わせのキャベツを取り出す。
ザクザクと切る音を聴きながら、クロエは「ふふっ……」と声を漏らした。
「上機嫌そうだな」
「ええ」
猫に癒されているような笑顔を浮かべて、クロエは言う。
「一緒に買い物して、帰ってきて一緒に料理をする……それだけなんですが……なんだか、いいなーって」
「なるほど」
ぴたりと切る音が止む。
少し考える素振りを見せてから、ロイドも口を開く。
「わからないでもない」
またザクザクと、音が再開された。
◇◇◇
今日の夕食のメニューは、黄金色に輝く揚げたての鳥唐揚げに、キャベツサラダ。
ゴマの風味が香るほうれん草のおひたしに、濃い色の味噌スープ。
今までのメニューに比べるとなんとなく毛色が違う顔ぶれに、ロイドは興味津々だ。
食前の祈りを捧げた後、ロイドが唐揚げを口に運ぶ。
サクッと小気味良い音を立てて衣が崩れたかと思うと、肉汁がじゅわりと口の中に広がった。
味付けはシンプルに醤油と塩、あと、ほのかに生姜の風味がある。
炊き立て米と一緒に掻き込むと、美味しさはさらに倍増した。
「……美味い」
「良かったです!」
にっこりとクロエが笑う。
「なんだか、ユニークな料理だな。味付けが上品というか。米もほとんど食べる事が無かったが、こんなに美味いものだったとは」
「遠い東の方にある国のレシピを参考にしたのです。醤油や出汁系の味付けが多いみたいですよ」
「なるほど、君のメニューの幅広さにはいつも驚かされる」
「いえいえ、それほどでもないですよ」
それから、取り留めのない話を挟みつつ夕食を堪能する二人。
ロイドは鳥の唐揚げがとても気に入ったらしく、いつもよりも食欲を爆発させているように見えた。
美味い美味いと頷きながら食べるその様を見て、クロエは「作って良かったです」と嬉しそうに微笑んだ。
「……未だに、実感がありません」
クロエがそう呟いたのは、ロイドがわんぱく小僧のように米をお代わりしたあたりであった。
「何がだ?」
唐揚げを飲み込んでから、ロイドが尋ねる。
「こんなにも幸せな、今の生活がですよ」
リビングを見渡してから、クロエは続ける。
「ここに来る前は、死ぬんじゃないかってくらい本当にひどい生活をしていて、長い時間をかけて王都に来て……身よりもお金もなかった私が、こうして充実した生活を送れているのは、今でも夢じゃないかって思う事があるんです」
懐かしそうに語るクロエに、ロイドは尋ねる。
「また、頬をつねってみるか?」
「流石に、現実だとわかっていますよ」
「冗談だ」
ロイドのわかりづらい冗談に、クロエは小さく笑ってから言う。
「王都で初めて出会った人が、ロイドさんで良かったです」
ロイドをまっすぐ見て。
「改めて、ありがとうございました」
頭を下げるクロエに、ロイドは一瞬呆気に取られていたが。
「……感謝するのは俺の方だ」
「え?」
今度はクロエが目をぱちくりさせる。
「この前、フレディ副団長に言われた。最近、顔色が良くなってきたって」
「……そう言われてみると確かに、最初の頃よりも活き活きして、血色もよくなっている気がいたします。あ、最初の頃ももちろん素敵でした!」
「フォローは大丈夫だ」
「フォローじゃなくて本心なんですけど……」
むーと不服そうにするクロエ。
ロイドは続ける。
「君が来てくれる前は、食生活も崩壊していて、家の事も適当で……毎日をぼんやりと過ごしていた。だが君が来てくれてから、変わった。全てが良い方向に」
クロエをじっと見つめて、ロイドは確かな気持ちを言葉にする。
「だから俺の方こそ、君に感謝している、ありがとう」
頭を下げるロイドに、クロエは目を瞬かせ動きを止めてしまう。
「……すまん、妙に硬い空気にしてしまって」
「い、いえ! とんでもないです、少し驚いてしまったといいますか」
頭をふるふるしてから、クロエは言う。
「……私のした事が、ロイドさんに何かしら良い影響を及ぼしているのであれば……こんなにも嬉しいことはありません」
くしゃりと、クロエが破顔する。
感謝の気持ちを、こうやってきちんと言葉で伝えてくれる。
改めて、ロイドと出会って良かったとクロエは思うのであった。
(でも、だからこそ……)
夕食も残り少なくなってきたあたりで、クロエは思う。
(……そろそろちゃんと、話さないと)
なぜ自分が家で虐げられていたのか。
忌み子と呼ばれ、ボロ雑巾のような扱いを受けてきたのか。
ロイドという、とても良くしてくれている人に、その事実を隠し続けるのはなんというか、申し訳ない気持ちがあった。
しかし考えると、背中の当たりが熱くなったように疼く。
(でも……怖い……)
打ち明けるのが、自分の全てを話すのが、そこはかとなく怖かった。
もし気味悪がられてしまったら?
気持ち悪いと思われたら?
忌み子だと言われたら?
今まで受けてきた数々の心ない言葉が、暴力が。
ロイドはそんな事を思うような人じゃないと理性では分かっていても、拭いきれない本能的な恐怖が根深く刻みついていた。
「……どうした?」
「あ、いえ、なんでもありません! ちょっとぼんやりしていました」
あは、あははとクロエは笑って誤魔化して言う。
「夕食会、楽しみですね」
「……? ああ、そうだな」
ロイドは一瞬眉を顰めたが、気にする事なく同意してくれる。
(あともう少し、このまま……)
優しい空気に包まれた夕食に心地よさを感じながら、そう思うクロエであった。




