第50話 綺麗だ
「大変長らくお待たせいたしました」
言葉の通り、思った以上の時間が経ってからクロエのコーデは完了した。
ロイドが振り向く。
──とんでもない美少女がそこにいた。
煌びやかなドレスショップの中にも関わらず、クロエがいる場所だけ一際輝いているように見えた。
「お嬢様はとても美しいベージュ色の髪をしてらしたので、ドレスもそれに合わせて主張しすぎず、薄ピンク系のものにいたしました。夜会やパーティなどにもお使いになれるかと思います」
店員さんの言う通り、クロエが身に纏っているピンク色のドレスは装飾も控えめだが決して地味ではなく、クロエの髪色と幼さを残した顔立ちと非常にマッチしていた。
胸元のリボンも可愛らしく、良いアクセントになっている。
しかし明らかに、この可憐さはドレスによるものだけではないように見えた。
「ついでにお化粧も少々施しました。白粉は肌や瞼に馴染みやすい量で、チークはほんのり薄く、口紅だけ少し明るめにピンク系のものをチョイスしました。ついでに髪も、今王都で流行りのシャンプーとリンスという……頭を艶やかにするオイルで洗髪致しました。それで少々お時間をいただきましたが……とても良い仕上がりになったかと思います」
「す、すみません……ドレスだけ選んでいただく予定が、サービスだからって、色々していただいて……」
すれ違う人誰もが振り向く可憐な貴族令嬢のような出立ちになったクロエ。
恥ずかしそうに身体の前で手をもじもじする姿すらいじらしい。
「ど、どうでしょうか……?」
「…………」
ちらりと上目遣い気味にクロエは尋ねるが、ロイドは目を見開いたまま言葉を発しない。
「あ、あの、ロイドさん? 変……だったでしょうか?」
「あ、ああ、すまない……その……見惚れていた」
「みとれっ……」
「綺麗だ」
本心だった。
この二週間、肉付きも健康状態も良くなったクロエは、着飾っていない普段の状態でもわかるほどの美少女に変貌を遂げていた。
それが、プロの手によってコーディングされるとどうなるか。
結果は火を見るより明らかであった。
何事にも動じない、鋼の精神を持つロイドでさえ感情を乱されるほど、クロエはとても美しい少女となった。
ロイドのリアクションにクロエはわかりやすく『嬉』の感情を表情に映し、「えへへ……」とはにかんだ。
「お気に召していただけたようで、何よりでございます」
「ああ、見事だ。一流の仕事を見させて貰った」
「私の力など微々たるものですよ、元の素材がとんでもなく良すぎるんです。失礼ながら、どこかの良い所の貴族令嬢の方ですか?」
びくうっと、クロエの肩が震える。
実は辺境伯令嬢ですと口にする事は出来ず、クロエは「あはは……ありがとうございます……」と乾いた笑みと共に言った。
……そんなクロエのリアクションを見て、眉をピクリとさせるロイドに店員さんは尋ねる。
「では、こちらでお買い上げでよろしいですか?」
「ああ、よろしく頼む。ついでに替えのドレスもあった方が都合が良いだろうから、あと何着か見繕って欲しい」
「かしこまりました。では、また少々お時間を頂いてよろしいでしょうか?」
「俺は問題ない。君は大丈夫か? 疲れたりはしていないか?」
「お気遣いありがとうございます! 大丈夫ですが、ただ……」
「ただ?」
「その……何着も買えるほどは、手持ちが心許ないというか」
クロエが言うと、ロイドは「ああ、そんなことか」と真顔で告げる。
「値段は気にしないでいい、ここは俺が出す」
「ええ!? そんな……申し訳ないです……」
先日のプレゼントといい、明らかにロイドからは貰いすぎである。
「俺の要望で付き合って貰ってるんだから、ここは俺に出させてくれ」
至極真面目な表情で言うロイドに、店員さんがすかさず尋ねる。
「ちなみに、今回使用したお化粧品やシャンプー、リンスなども当店で販売しているのですが、ご一緒にいかがでしょうか?」
「当然、全て買わせていただこう。支払いはまとめて俺で大丈夫だ」
「お買い上げありがとうございます!」
「えっ、えっ、ええええ〜〜〜……!?」
「何を驚いているのだ。この際、纏めて買った方が効率的だろう。それに、一度実演して貰って、良いことが証明されている品々だ」
「い、いえそう言う問題ではなく……流石にお化粧品までご購入いただくのは……」
「ちょうど無駄に有り余った給金の使い道に迷っていたところだったから、この際都合がいいんだ。それに、俺が買いたいと思っているんだ、気にしないでくれ」
クロエはしばらく「うう〜……」と悩んでいる様子だったが、やがて観念したようにぺこりと頭を下げて。
「それでは……よろしくお願いします」
「うむ」
「本当にありがとうございます……このご恩は必ず、お返しいたします」
「そう気負わなくて良い」
ふ、と小さく笑みを浮かべ、ロイドがクロエの頭をぽんぽんと撫でる。
そんなふたりのやりとりを見て、店員さんは何やら微笑ましい表情を浮かべていた。
「ささ、お嬢様。他のドレスも試着しに参りましょう。お化粧の方法もお教えいたしますよ、ふふふ……」
「えと……なんだかお顔が怖いのですが……?」
「次のドレスも楽しみにしている」
「ロイドさんまでっ……」
ロイドも店員さんも、ダイヤモンドの原石であるクロエを最大限ピカピカにしたいという気持ちで一致し意気投合したようだった。
困惑の声も虚しく、再び店の奥に連れて行かれるクロエであった。




