第48話 なんでもない
「なるほど。それで、“お猿のおねえさん”なんだな」
「……はい。うぅ……」
昼間、ロイドと偶然出くわした日の夜。
牛肉と玉ねぎのスキヤキ煮込みを囲んで、クロエはロイドにミリアとの出会いについて話した。
クロエから呻き声が漏れているのは、普通に恥ずかしいからである。
「家事だけでなく、木登りまで一流とはな。君のポテンシャルの底はまだまだ深そうだ」
「褒めてるんですか、それ?」
「もちろんだ。ジャングルにおいては木登りが出来るというだけで生存率が格段に上がる。野獣から逃げるため、敵の位置を把握するため、木の上の実を採るため……ほら、大助かりだ」
「もはやジャングルが基準になってますねえ……」
いい加減ロイドのジャングルが気になって仕方がないクロエだったが、未だに深くは聞けていない。
……なんとなく、生半可な気持ちで立ち入ってはいけない気がしているから。
「それにしても、凄い偶然でしたね」
「ああ、まさか副団長の娘と奥さんが、君と面識があるとは夢にも思わなかった」
「私も、まさかまさかですよ。意外と、世間は狭いですね」
しみじみと言うクロエが続ける。
「でも、フレディさんのような方がロイドさんの上司さんと知って、安心しました」
「それは、どういう意味だ?」
「えっと……ちょっとうまく説明出来ないんですが……」
天井を見上げて少し考えてから、クロエは言葉を並べる。
「ロイドさん……ひとりぼっちなんじゃないかって、思っていたので」
この二週間、ロイドから他人の話を聞くことは一切なかった。
家族についても、友人についても。
察するに、居ないんだろうと考えていた。
自分と同じように。
(だとしたら……なんだか、悲しい……)
同じく家族も友人もいない、自分と重ねた故の感情であった。
「副団長は、俺の恩人でもある。人付き合いを苦手な俺を気にかけてくれて、団内での孤立を防いでくれた」
懐かしい日々を思い起こすように、ロイドは言う。
「なるほど……それは、感謝しないとですね」
「……ああ、そう、だな」
どこか言葉がぎこちないのは、お世辞にもロイド自身、フレディの恩義に報いるような言動を取っていない自覚があったからだ。
上司として、一人の剣士として尊敬はしているが、心を許しているわけではない。
夕食に誘われても断り続けていたのは、自分の不得意な他者とのコミュニケーションを必要以上に要求される状況に身を置きたくなかったのと……自分のような異物が、明るい家族の場に混じっていいものかという葛藤があったからだ。
だがそれはあくまでも自分自身の問題。
言うなれば逃げていただけだったため、どこかのタイミングで参加をしたい気持ちはあった。
なので今回、経緯はどうあれ夕食の場が開催される事となったのは、ロイドにとって良い風向きと感じていた。
「君には、感謝している」
「何がですか?」
「色々だ」
はっきりと何に対しての感謝なのか口にするのは何故か気恥ずかしくて濁してしまうが、クロエに対し感謝の気持ちがあることは紛れもない事実である。
首を傾げるクロエ。
ロイドは思うところがあったのか、こんな言葉を切り出す。
「察しの通りだが、仕事の繋がり以外で親しいのは、君くらいだ」
「それは、なんというか……特別感があって良いですね」
「妙に嬉しそうではないか?」
「ふふ、気のせいですよ。まあ私も一応、仕事の繋がりといえばそうなんですけどね」
クロエが言った後、間があった。
「……ロイドさん?」
箸を止めたロイドが、ゆっくりと口を開いて言う。
「……俺は、あまりそうは思っていない」
「え?」
ぱちぱちと目を瞬かせるクロエ。
「それは、どういう」
「……なんでもない、忘れてくれ」
それだけ言って、ロイドは残りの夕食に箸を伸ばした。
クロエは不思議そうな顔をしていたが、(忘れてくれと言うのなら……)と、聞かなかった事にして夕食に戻る。
──ロイドの頭に浮かんでいた『家族』という言葉を口にするには、まだもう少し勇気が必要そうであった。
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