第43話 プレゼント
「これをいつ渡そうか、ずっと悩んでいた」
そう言ってロイドが差し出したのは、片手で持てるサイズの紙袋。
クロエは受け取るものの、表情から戸惑いを隠せない。
「開けてみてくれ」
言われるがまま、クロエは紙袋を開け中の物を取り出した。
「これは……?」
手のひらに乗るサイズの、小さな丸い木の箱。
蓋を開けてみると、中に白くてふわりと花の香りのするクリーム状の何かが入っていた。
「ハンドクリーム? というものらしい。果物の花を溶かして作ったオイルで、手荒れを防ぐ効能があるとか。……料理や洗濯など何かと水仕事が多いから、役に立つと思って」
「そんな便利なものが……」
ロイドの説明に、クロエは興味深げに何度も頷く。
しげしげとクリームを眺めるクロエに、ロイドは意を決したように言う。
「後……もうひとつ、入っているはずだ」
「もうひとつ?」
ごそごそと、クロエは再び紙袋を漁る。
中から取り出した“もうひとつ”を目にして。
「わあ……」
思わず、クロエは声を漏らした。
小さな輪っかがついた、花柄の飾りが二つ。
クロエはこのアクセサリーを知っていた。
「イヤリング……という、耳につけるタイプのアクセサリーらしい。王都の女性の間では、流行りの品のようだ」
「こ、こんな高価そうな物を……どうしてです?」
クロエが尋ねると、ロイドは頭の後ろを掻きながら言った。
「いつも、とても助かっているから、給金以外にも何かお礼がしたいと思って……趣味的なものか、実用的なものか、どっちかわからなかったから、両方購入してみたのだが……」
何故か緊張してしまい区切り区切りになってしまったが、それがロイドの本心であった
ロイドの言葉に、クロエは目をぱちくりさせた。
ハンドクリームとイヤリング、そしてロイドを交互に見て、やはり目をぱちぱちさせている。
そんな反応を見せるクロエに、ロイドの内心で焦りが生じた。
(……気に入らなかったのだろうか)
ロイドの中の熱が、急速に温度を低下させていく。
もやっとした感情が、胸の奥底から湧き出てきた。
僅かに肩を落として、ロイドは言う。
「使わないとか、好みじゃないとかなら……捨ててもらって構わない」
「そ、そんなこと! 絶対にしません!!」
今まで聞いたことのないクロエの声量に、ロイドが珍しく驚く。
「……君もそんな大声、出せるんだな」
「あ……ごめんなさい……夢じゃないかと思って……その、言葉を失っていました」
「なるほど。それで……現実か?」
「えーと……」
きゅ、とクロエが自分の頬をつねる。
むにょーんと、焼く前のパンみたいに伸びた。
「……痛いです、現実です」
「何よりだ」
「ということは、このプレゼントは本物……」
クロエの表情が、みるみるうちに明るい方向に広がっていった。
どうやらお気に召してくれたようだと、ロイドは安堵の息を漏らす。
「ありがとうございます。大切に、します」
まるで大事な宝物を扱うかのように。
ぎゅ……と、ハンドクリームとイヤリングを胸に抱いて、クロエが言う。
「イヤリング……街で見かけた時、気になっていたのです。だから……とても嬉しいです」
「それは、よかった」
「付けてみて、いいですか?」
「ああ、もちろん」
初めてのアクセサリーの構造に手こずりながらも、クロエはイヤリングを耳に付けた。
「とても、似合ってる」
クロエからリアクションを求められる前に、ロイドが感想を口にする。
「えへへ……嬉しい、です」
もし喜びという感情が目で確認できるものだとしたら、彼女の姿は覆い尽くされて見えなくなっていただろう。
それくらい、クロエは喜びを露わにした。
人の感情を読むのが苦手なロイドでも、一目でわかるくらい。
心の底の底から湧き出たとびきりの笑顔で、クロエは淡く微笑んでいた。
その笑顔を見た途端、ロイドの心臓が大きく跳ねた。
矢継ぎ早に、自身の顔に熱が灯るのを感じてロイドは狼狽える。
思わずロイドは、クロエから目を逸らした。
ずっと見ていたら、自身の中で何かが燃え上がってしまいそうな気がしたから。
「次の休みに、街にドレスを買いに行こう」
ロイドが提案する。
普段着は何着か揃えていたようだが、いくつかおめかし用のドレスがあってもいいだろうとロイドは考えていた。
というのは建前で、もっと色々なお洒落をしたクロエを見たい。
今まで抱く事などなかった系統の欲が湧き出て、気がつくとそんな事を口にしていた。
「ドレス……ですか?」
「ああ。以前、街に行こうって言って、結局都合をつけれてなかったからな」
「でも、私なんか……」
「絶対に、似合うと思う」
その確信があった。
家政婦としてロイドの家に来てから二週間。
しっかりとした栄養を摂って規則正しい生活を送ったからか、最初来た時と比べるとクロエは見違えるほどの容貌になっていた。
環境がクロエをボロボロにしていただけで、元々の素材が秘めていたポテンシャルは凄まじい物があったのだろう。
「ロイドさんがそう言うなら……」
絶対に似合う、と言われて妙に照れ臭くなったクロエは小さく言う。
しかしその口元は、目にわかるくらい緩んでいた。




