第41話 良い影響 ロイドside
クロエのトラウマの原因を知って、一週間ほど経ったある日。
昼、王城の訓練場にて。
「でええええい!!」
上から振り下ろされた斬撃を、ロイドは最小限の体の動きで躱す。
「なっ……!?」
「────シッ」
驚きに目を見開く男の脇腹に、ロイドは鋭い一撃を放った。
「いだっ……!!」
「そこまで! 勝者、ロイド!」
審判が手を挙げて模擬訓練の終了を宣言する。
「くそ……最後の一撃は決まったと思ったのに……」
木刀の一閃を喰らって痛そうにしている団員に、ロイドはぺこりと頭を下げその場から歩き去る。
「おい、最後の動き見えたか……?」
「いや? そもそも、あれだけ体勢を崩されておいてあの回避は異常だろ」
「流石は“漆黒の死神”だぜ……」
見物していた他の団員たちが感想を口にする中、ロイドは澄まし顔で待機場に戻る。
椅子に腰を下ろし一息つくロイドの周囲には誰もいなかった。
「お前、女が出来たな」
いや、いた。
いつの間にかそばに立っていた第一騎士団副団長フレディに、ロイドは怪訝な顔を向ける。
「藪から棒になんですか」
「以前に比べて動きや剣筋が明らかに良くなってきている。まさしく、守るべき者が出来た男の動き!」
「日頃の鍛錬の成果ですよ」
「最近、やけに顔色が良くなってきているのもか?」
「顔色……?」
思わず、ロイドは自分の頬に手を添える。
「いや、触ってもわからんだろ。鏡見ろって、鏡」
フレディが懐から、小さな手鏡を取り出してロイドに見せる。
鏡に映った自分の顔は……確かに心なしか、血色が良く見えた。
「やっと食生活を改めたようだな! このフレディ様の忠告を聞いてくれて、俺は嬉しいぞ」
腕を組みうんうんと頷くフレディはスルーして、ロイドは考える。
確かに、食事がコンディションに与える影響力の大きさは計り知れない。
食事の手間よりも己の鍛錬や精神統一に時間を割いていたロイドの食生活は偏りがちで、フレディに「ちゃんと食ってんのか」と小突かれることが多かった。
それが、この二週間で見てわかるほどの変化。
変わったことといえば、心当たりは一つしかない。
(クロエのおかげ……?)
クロエが家政婦になって、食事は基本的に毎回作ってもらっている。
騎士という身体を動かす仕事である事を考慮してくれた、栄養価の高い朝食に夕食。
野菜もたっぷりと摂取できるようなメニューなのもあってか、寝つきも妙に良くなった気がする。
(いや、そうとしか考えられないな……)
「彼女の手料理だろ?」
「彼女ではないです」
しまった、と思う。
ぬるりと聞かれてつい、彼女ではないと答えてしまったが。
それは要するに、食事を定期的に作ってくれる異性がいると宣言しているに等しかった。
「おお、ということは妻か!? お前いつの間に! 結婚式には呼べとあれほど……」
「違います、家政婦です」
「なんと! 騎士と家政婦の身分を超えた禁断の愛! こりゃあ燃えるな!」
「そのまま燃え尽きて頂いても良いですか?」
ロイドが魂ごと溢れそうなほど大きなため息をつく。
「そもそも、彼女はあくまでも家政婦なので、そういうのは無いですから」
「いくつなんだ、その家政婦?」
「……十六です」
「いやちょうどいい歳の差じゃねえか!」
フレディがツッコミを入れる。
「よおし、じゃあ今度その話を肴に家で夕食を……」
「遠慮しておきます」
「いやいつものごとく即答かい」
やれやれと、フレディはため息をついた後、ぽんぽんとロイドの肩を叩いた。
「まー、なんにせよ。健康を気遣ってくれる良い家政婦さんがロイドについてくれたようで安心したよ」
「それは……間違い無いですね」
事実、とても助かっていることは事実だ。
クロエが来てくれてから家も常にピカピカだし、美味しくて栄養バランスの取れた食事も堪能している。
生活の質が向上したことは紛れもない事実であった。
「家政婦、って事でちゃんと給金は出しているんだろうが。それとは別に、プレゼントでもやった方がいいぞ。日頃の感謝の気持ちを込めてな」
「ぷれぜんと……?」
「なんだその初めて聞きましたみたいな顔は」
やれやれと、フレディが両掌を上に向ける。
「十六歳の年頃の女の子だろ? 実用的なものか趣味的なものかで分かれるが、そう難しくないプレゼント選びだ。せっかく店もたくさんあるんだし、帰りにでも寄ってみるといい」
「今まで受けてきたどんな任務よりも難易度が高いですね」
「大袈裟な。そう深く考えすぎなくていいんだよ、ちゃんと相手のことを考えた物を選んだらいい……っと、お前には難しいかもしれないがな?」
ニヤニヤと意地悪そうに笑うフレディに、ロイドの闘争本能が燃え上がる。
「この任務、必ずや達成してみせます」
「いや別に任務ってわけじゃ……まあいいや。お前にはその方が性に合ってるんだろうしな」
肩を竦め苦笑を浮かべるフレディが、「あ、そうだ」と思い出したように口を開く。
「そういえばお前、明日俺とパトロールだから、よろしくな。これを伝えにきたんだった」
「いやそれ大事な連絡事項でしょう」
「すまんすまん、ロイドに春が来たと知って、ついな」
「……まあいいです。記憶違いでなければ、明日はパトロールの当番では無かったような気がしますが」
「憲兵からの報告で、最近、南地区のゴロツキどもが活発らしくてな。人数を集めて何かをやろうって動きがあるらしく、増員してパトロールせよという上からの命令だ」
「なるほど、南地区の」
何やら不穏な気配がするが、民に危害が及ぶ前に行動するのが騎士の役目だ。
定期的に行われるパトロールも、騎士の立派な仕事の一つであった。
「承知いたしました。明日はよろしくお願いいたします」
「うん、よろしく」
いつのもの軽薄な笑顔よりも少し真面目な表情で、フレディは頷いた。




