第39話 頑張ってたんだな
「何をしているんだ?」
蝋燭の灯に照らされて、ロイドの怪訝な表情が視界に映る。
クロエの背中にだばーっと汗が流れた。
「あ、明日の朝食の準備を……」
「包丁を使ってか?」
「あっ……」
隠そうとしても時すでに遅し。
ロイドの視線は台所の上のきゅうりと包丁に注がれていた。
クロエの側にやってくるロイド。
「ご、ごめんなさい……」
母親に怒られる時のような気持ちになったクロエは、震える声で零しながら頭を下げた。
「……? 君は一体、何に対して謝っているのだ?」
「……え?」
面をあげると、ロイドがきょとんとした顔で首を傾げていた。
「怒らないの、ですか?」
「……何にだ?」
「その……私が毎晩、台所を使って、包丁を使う練習をしていたのを……」
「何故怒る必要がある?」
「何故って……」
なんでだろう?
冷静に考えると、理由が見つからなかった。
完全に条件反射だった。
ロイドに秘密のリハビリがバレた瞬間、怒られると思った。
何故怒られるのか、という理由よりも先に身体が反応していた。
改めて、自分に染み付いた“謝り癖”を客観視してしまい困惑しているクロエに、ロイドが口を開く。
「実は、君が夜な夜な台所でゴソゴソしていることは気づいていた」
「ええっ……!? いつから……」
「最初から」
「……さ、流石騎士様です」
「一流の騎士たるもの、ほんの瑣末な気配をも察するべし。ジャングルではゲリラの戦闘員がいつ襲ってくるかわからなかったからな。自然と、身についた術だ」
「また物凄いジャングル……ということは、睡眠を妨げてしまいましたよね? 申し訳ございません……」
「問題ない。台所にいるのが君とわかってからはぐっすりだ。だが、毎晩何をしているのか流石に気になってな。最初はさっき君が言ったように、次の日の食事の下準備でもしているのと思ったが……」
ちらりと、ロイドが包丁を見やる。
「まさか、包丁を扱えるよう訓練に励んでいたとはな」
「あ、あはは……」
訓練とは違うような気がしたが、リハビリとニュアンスはそう遠くないだろう。
「ロイドさんは、出来ないことは頼れって言ってくれましたけど……」
自分の率直な胸の内を、クロエは言葉にする。
「やっぱり私、また自分で包丁を使えるようになりたくて……それで……」
──ぽん、ぽん。
不意に、頭に優しい感触が触れた。
「君は、頑張り屋だな」
いつもとは違う、どこか優しい温度を含んだ声と共に。
また二度、ぽんぽんと優しい感触。
ロイドに頭を撫でられたと理解した途端、クロエの頬がみるみるうちに熱くなった。
「いえ……そんな……大したことは」
「ある。トラウマの克服は非常に大変だ。……俺も、経験があるからわかる」
見上げたロイドの表情は、どこか遠く辛い過去を思い出したかのように、微かに歪んでいた。
胸がきゅうっと、締め付けられるような感覚をクロエは覚えた。
ロイドさんは、どんな……と尋ねる前に。
「やはり、頑張っていたんだな」
優しく撫でられながらそう言われて。
それがロイドの、不器用なりに労る言葉だとわかって。
「は、い……」
震える声を漏らしながら、クロエは頷く。
何度も何度も挑戦した。
でも駄目だった。
いくら包丁を握っても、あの日のフラッシュバックが、震えが、動悸が、正しく使う事を妨害する。
自分の不甲斐なさに涙を流したこともあった。
そんな自分の、細やかながら奮闘した日々を、ロイドは労ってくれて。
頭を撫でてくれながら、頑張ったなと言ってくれて。
とても、とても嬉しかった。
瞳の奥にじんわりと生じた熱を、何度も瞬きをすることで押し込んだ。
押し込んだつもりだったが、一粒だけこぼれ落ちて頬を伝ってしまう。
今が深夜で良かったと、心底思った。
蝋燭の灯りだけだったらきっと、自分の今の情けない顔を見られることはないだろうから。
しばらくの間、俯くクロエの頭をロイドは優しく撫で続けた。
「よかったら、聞かせてくれないか」
二人でソファに移動したあと。
いつにも増して真剣な表情で、ロイドが尋ねる。
「何故、刃物がダメになったのか。何か、力になれるかもしれない」
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