第38話 克服したい
今日も無事、一日が終わった。
掃除も一通り済ませたし、洗濯物も終えた。
街に出かけて食材も買った。
夕食に作った、豚肉を甘辛いタレと絡めたトンテキもロイドに好評だった。
あと、やり残したことは──。
「……よし」
深夜、台所。
まな板と包丁を前にして、クロエは意気込んだ。
まずは、食材入れからきゅうりを取り出しまな板の上に乗せる。
固くもなく、かといって柔らかすぎでもないきゅうりは、簡単に切れる王道の食材だ。
怪我をしないように、手元にはしっかりと蝋燭で灯を灯して。
「……大丈夫、大丈夫」
そう自分に言い聞かせながら、包丁を手に取り……。
「──っ」
脳裏にちらつく銀の刃。
ぞわりと、背筋に氷が伝ったように総毛立つ。
心臓が大きく脈打ち、そのまま動悸となって胸を揺らした。
包丁が手から滑り落ち、かたんっと音を立てる。
小刻みに震える自身の手を見て、クロエは何度目かわからないため息をついた。
──クロエが夜な夜な包丁を握るリハビリを始めてから、一週間が経過している。
母にナイフを突きつけられた事で刃物がダメになってしまい、包丁で切る作業も出来なくなったクロエ。
そのうち切れるようになるとロイドは言ってくれたが、そのまま放置しておいて治る気がクロエにはしなかった。
やっぱり、自分の力で克服しないといけない。
そう思い至ったクロエは、少しでも刃物に慣れるようにと、ロイドが就寝した夜の時間帯に包丁を握る練習をしていたのだが……。
「全然ダメね……」
慣れる気配は一向に訪れない。
未だに、包丁を持とうとするとあの日の記憶がフラッシュバックし、手が震え、動悸が鳴り止まなくなる。
リハビリを始めた一日目と比べても、症状は全く良くなっていない。
どうやらあの日のトラウマは、クロエの想像以上に根深いところまで刺さっているようだった。
「でも……なんとかしないと……」
なるべく包丁を使わないメニューをセレクトしているようにしているが、やはりそれだと幅が広がらない。
もっともっと作りたい料理が、ロイドに食べてもらいたい料理が、たくさんあった。
出来ないことはロイドは頼れと言ってくれたが、それでじゃあ何回も手伝ってもらおうと思えるほどクロエの気は太くない。
ロイドに切り仕事を手伝って貰うたびに、常人の何倍もの罪悪感が胸を押し潰し、(私が包丁を使えたらなあ……)と心の中で肩を落とす日々。
刃物の克服が、クロエの喫緊の課題だった。
「よし……」
今一度、自分が今ここに立っている理由を整理していたら、段々と心が落ち着いてきた。
気がつくと、震えも収まっていた。
「……もう一度」
深く息を吸い込んで、吐いて。
今度こそはと、包丁に手を伸ばし──。
「──何をしているんだ?」
突然の声に、びくうっとクロエの肩が跳ねる。
恐る恐る振り向くと……寝着姿のロイドが腕を組んで立っていた。
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