第32話 思わぬ弊害
今日もロイドは夕方ごろに帰宅した。
玄関を潜るロイドの元に、クロエがやって来て言う。
「……おかえりなさいませ」
「ただいま……どうした、何があった?」
昨日のような地に頭を伏せるお出迎えは無かったが、代わりに一目でわかるほどクロエは落ち込んでいた。
声に元気はなく、目線は下気味、肩はしょんぼりと落ちている。
「あ、はは……なるべく気づかれないようにと頑張ったのですが……ロイドさんには何もかもお見通しなのですね……さすが騎士様です」
「いや、君が分かりやす過ぎるだけだと思うが」
冷静なツッコミを入れた後、ロイドは再度尋ねる。
「それで、何があった?」
「……私、家政婦として致命的な欠陥がある事がわかりました」
「致命的な欠陥?」
あまりにもシリアスな表情を浮かべるもんだから、ロイドも思わず眉を顰める。
クロエは視線を彷徨わせ言いにくそうにしていたが、やがて意を決したようにロイドを見上げ声を張った。
「私……包丁が使えないみたいなんです……!!」
◇◇◇
昼、お店で包丁を購入する際は大丈夫だった。
いや、正確にはマシだった。
(今から包丁を買う……大丈夫……誰かが包丁を持ってるわけじゃない……)
そう自分に言い聞かせて包丁売り場へ行った際、やはりクロエの身体はひとりでに震えていた。
あの日の出来事も脳裏をチラついていたが、それでもなんとか包丁を選び、購入する事ができた。
先日のパニック症状と比べると雲泥の差ほどマシだったが、それでもやはり不具合が見られる。
(……こんなんで私、包丁……使えるのかな)
嫌な予感はしていた。
そしてそれは的中した。
帰宅し、一通り掃除を済ませ、夕飯の準備をしようといざ包丁を握った時……。
「手が、震えて……うまく握れなくて、切ることができなくて、その……」
リビングのソファ。
対面に座るロイドに、クロエが手を押さえながら説明する。
「家政婦なのに包丁が握れないなんて、家政婦失格ですよね……期待していただいたのに、裏切るような事をしてしまい申し訳ございません……」
深々とクロエが頭を下げる。
包丁が使えない家政婦なんて無能もいいところだ。
即日解雇を言い渡されても文句は言えないだろう……とクロエは本気で思っていた。
そんなクロエをロイドはじっと眺めていたが。
やがて立ち上がり、クロエのそばに膝を突いた。
びくっと肩を振るわせるクロエに、ロイドが口を開く。
「実は俺は、裁縫が大の苦手でな」
「…………はい?」
唐突な切り出しに、クロエはきょとんと首を傾げる。
「苦手どころか、一度挑戦して匙を投げた。あの細い針をちくちくと何百回も布に刺して何かをこしらえるなぞ、気が狂うかと思った」
苦い記憶を思い出すような表情でロイドは続ける。
「そもそも細かい作業が苦手なのだ。料理もそうだし、小さな隙間の掃除もそう。繊細さが求められる作業に俺は本当に向いていない」
段々と、クロエはロイドの言葉の真意を察する。
「つまり何が言いたいかと言うと、人は出来る事、出来ない事がある。それは当たり前の事だ、完璧な人間などいない。故に俺も、君に完璧など求めていない。だから……」
いつもの真面目腐った表情で、ロイドは言う。
「包丁が使えないくらい、気にするな」
その言葉は、実家で常に完璧を求められ、なんなら完璧にこなした仕事にもイチャモンをつけられ続けてきたクロエにとって、大きな救いの言葉であった。
「それに、君は料理以外にも並外れたスキルを持っている。掃除がその代表例だ。それに、今日まで包丁を使わない料理でも素晴らしいものを作ってくれた」
「そんな……身に余るお言葉ですよ……」
怒られる、クビにされちゃうと思っていたら褒めちぎられるものだから、嬉しさよりも戸惑いの方が優ってしまう。
「そもそもの話、契約ではやって貰いたい家事は掃除で、料理は必須ではないからな。料理で必要なスキルが機能しないと言われて、俺が怒るのはおかしな話だろう」
「あ、それはそうでした……ですが……」
「君は真面目だから、全部自分でやろうとしてくれるのだな。それはありがたい事だが、気負いすぎだ。さっき言ったように、人には得手不得手があるのだから、出来ないことは人に頼るべきだ」
クロエの目をまっすぐ見つめて、ロイドは言った。
「俺を頼れ、一人で抱え込むな」
「ロイドさん……」
思わずクロエは湿っぽい声を溢してしまう。
今までほとんど触れてこなかった気遣いに、優しさに。
主人がこの人で良かったと、心の底からクロエは思った。
「それで、俺は何をすればいい?」
立ち上がって尋ねるロイドに、クロエは曇りの晴れた表情で言った。
「ではお手数をおかけしますが……鶏肉を一口大に切っていただけますか?」
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