第30話 露店にて
「あとは、今日の夜ご飯ですね」
日も随分と傾いてきた頃。
一通り身の回り品を購入したクロエはそう言った。
背中のリュックはパンパン、右手も紙袋で塞がっている。
後は左手の握力に晩御飯の運命が託されたわけだが、実家で鍛えられた『同時にたくさんのものを持って移動する力』にはまだ余力がある。
最初は貴族御用達っぽい高級食材店に行った方が良いのかと思ったが、ロイドの食生活を見る限りそこまで高級志向という印象はない。
むしろその逆、携行食をストックするなど食自体への興味が薄いように見えた。
なので高級店ではなく、メインストリートの両脇に出ている露店でお得な食材を買っていこうという結論に至る。
(なるべくお金をかけない……でも美味しい物を作る、それが私に課された使命……)
実際に課されているのは掃除だけなのだが、そんな事はとうに忘れているクロエは意気込んだ。
というわけで、露天商を一通り見回ること三十分。
「いらっしゃい! 今日は玉ねぎが安いよ〜!」
威勢も恰幅も気も良さそうなおばさんが営む露店の前でクロエの足が止まった。
野菜や果物、肉や魚など一通りの食材が揃っている上に、他の露店よりも比較的安値。
そしてかなりの繁盛店で、道ゆく人々が次々に足を止めて何かを購入していく。
従業員らしき男が会計場で忙しなさそうに動いていた。
「お嬢ちゃん、見ない顔だね!」
「え……ええっ、私ですか?」
「他に誰がいるんだい!」
急におばさんに話しかけられびっくりするクロエ。
「最近ここらに引っ越してきたのかい?」
「そんなこと、わかるんですか?」
「当たり前さね! もうここに店を開いて毎日休まず二十年! 観光地でもないここいらに、そんなたんまり買い込んでいるときちゃ、新参者に違いないってことよ!」
「す、凄い洞察力ですね……」
「見る目がねえと商売はやってらんねえさね! さあさあ、ゆっくり見ていきな!」
確かにおばさんの言う通り、並んでいる食材は見た感じどれも痛みが少なく新鮮に見えた。
やはり見る目は確かなものがあるらしい。
(とはいえ、何を作りましょうか)
全く決めていなかったため、目移りしてしまう。
実家では食材が決められていたし、昨日も今日もあまりの食材で作れる物をという感じだった。
ゼロからなんでも作って良い状態で、どの食材を選ぶのかという体験は初めてで、何をどれくらい購入しようか迷いに迷うクロエであった。
「晩御飯のメニューにお悩みかい?」
「はい、何を作ろうか悩んでいて……」
「わかる! 夕食は毎日やってくるからね、だんだんレパートリーがなくなってきて何を作ろうか悩むわよね〜」
「あは……あはは……」
正確には初日で悩んでいるのだが。
「恋人に作るのかい?」
「こここ恋人!? 違います違います!」
急に突拍子もないことを言われて、ぶんぶんと左手を顔の前で振る。
「なら旦那かい?」
「だだだだだだ旦那!? もっと違います! というか、なんでそうなるんですかっ」
「わかりやすいさね。お嬢ちゃんの目は、自分の夕食に悩んでいるというより、誰かに何を作ってあげようって目をしてたさね」
「えっ、そんな顔してました!?」
思わず自分の顔に触れる。
指先からじんわりと熱が伝わってきた。
(あれ……なんで私、こんな顔熱いんでしょう……)
首を傾げるクロエに、おばさんが小さく笑みを浮かべて訊く。
「それで、どうさね? 夕食は自分用かい?」
「……旦那でも恋人でもないのですが……えっと、後一人分作る予定で……」
「ほう」
おばさんの目が、何やら微笑ましいものを見るようなものになった。
「それで、その人はどんなものが好きなんだい?」
「好み……はまだわからないのです……あ、ピーマンが嫌いって言ってました」
「ほうほうほう……まだ出会って間もない、お互いを探る段階、と……それじゃ、何が好きそうだい?」
何か盛大に勘違いをされたような気がするが、この際おばさんの力を借りることにした。
「肉体仕事をしている方なので、ガッツリ系でエネルギーが付くものとか……」
「なるほど! なら、鶏肉料理とかどうだい?」
「鶏肉! 良いですね、食べ応えもありそうですし」
一日目に頂いたポトフに入っていたウィンナーやベーコンもやけに大きかった。
肉が好物である可能性は非常に高そうである。
「ちょうど今朝絞めた新鮮なのが入ってんだ、お安くしておくよ!」
「わわっ、ありがとうございます、嬉しいです」
「鶏肉といえば、この季節だし煮込みが美味しいよ!」
「煮込み! いいですねえ……もうお腹が空いてきました……」
「決まりだね! 煮込みといえば付け合わせは……」
それからおばさんの指示に従って食材を購入した。
どの指示も根拠があって的確で、とても大助かりだった。
その間、おばさんはクロエ以外にも来た客と明るく言葉を交わしていて、皆笑顔で食材を買って帰って行っていた。
ただ食料を購入するだけではない、このおばさんの人柄ややりとりが目当てで来ているお客さんも多そうだなと、クロエは思った。
「毎度あり! また来てちょうだいな!」
お会計を済ませた後、おばさんが陽気な笑顔で手を振ってくれる。
「何から何までありがとうございました。おまけも、とっても嬉しいです」
合計すると結構なおまけを頂いて、ちょっぴり申し訳ない気もする。
「いいってことさね! 引越し祝いってことで! 頑張るんだよ!」
「は、はいっ、頑張ります!」
おばさんの言う頑張ると、クロエの頑張るには齟齬があるような気がしてならないが。
とりあえず夕食の食材も一通り買い揃えることができた。
この露店の人気に深い納得を抱きながら再び道を歩き出す。
兎にも角にも無事左手も塞がり、本日のミッションはコンプリートである。
「……さて、帰って作りましょう」
今日作る夕食のメニューを頭に浮かべる。
それから、料理を食べたロイドがどんな反応をするのかとワクワクを胸に抱いて、クロエは家の方向に足を急がせ──。
「……あら?」
とある公園で、ふと足を止めた。




