第27話 羞恥
「……やってしまった」
ロイドの家の家政婦となった翌朝。
リビングのソファの上で、クロエは呟いた。
思い出すのは昨晩のこと。
素振りをするロイドの剣を目にした途端、急に過去の記憶がフラッシュバックした。
心臓が、呼吸が異常をきたし、崩れ落ちてしまった自分をロイドが抱き締め背中を撫でてくれ……。
「ううぅぅ〜……」
顔を覆いジタバタと悶えるクロエ。
全身が熱い、なんだか変な汗も出てくる。
ここが一階のリビングで良かった。
昨日もロイドは自室で寝るよう提案したが、流石に三日連続はとリビングのソファでの就寝を強行した。
もし引き続き二階のベッドで寝ていたら、クロエが身体を揺らしたことによって生じた振動が一階に伝わっていたことだろう。
(やってしまったやってしまったやってしまった……)
今思い出しても、なんであんな事に……と悔やみが止まらない。
でも実際問題、予測不可能な事態ではあった。
家出のきっかけとなった、母ヤマンバ化事件。
あの時イザベラに向けられたナイフと、ロイドが持つ剣の刀身が被ってフラッシュバックしてしまった。
そんなはずないのに、あの剣がまた自分に向かってくるのではないか……そんな恐怖心が頭を、全身を支配しパニックに陥った。
「大丈夫だと、思ってたんだけどなあ……」
思った以上に、母にナイフを向けられ追いかけ回された記憶が、自身の胸に強いトラウマとなって刻まれたようだった。
冷静に考えて実の母親に凶器と狂気を向けられ殺されかけるなぞ、まだ十六のクロエがショックを受けないはずがない。
今までクロエは、辛い事や悲しい事があっても無理やり押し込んで気にしないようにしていた。
落ち込んで下を向いて家事が疎かになったりでもしたら、さらなる罵倒と暴力が待っているから……。
故に、そのような癖がついてしまっていた。
しかし記憶は忘れようと思って忘れられるものではない。
一時的な誤魔化しは出来るが、辛く悲しい記憶は頭の奥底に蓄積されていって、ふとしたきっかけに思い出してしまう。
今回のはその典型例であった。
……ちなみにヤマンバというのは包丁を振り回す白髪老婆、いわば架空の化け物の事だ。
夜更かしをするたびにシャーリーに聞かされ恐怖心をうまく煽られたものである。
そんなことはどうでもいい。
クロエがあわあわしている主原因は他にあった。
トラウマを発動させてしまった事も問題だが、ロイドとなんだか凄い勢いで密着してしまった、という事実の方にクロエはとてつもない羞恥を感じていた。
もちろんロイドにしてみれば、あの状況下でクロエのパニックを抑えるための必要処置だったのであろう。
それは重々承知だ。
結果としてクロエは落ち着きを取り戻した。
あの状況下で冷静な行動を取ってくれたロイドには感謝しかない。
だとしても。
「ううううぅぅぅうううぅぅぅ〜〜〜……」
恥ずかしいものは恥ずかしいのである。
あの後、ロイドは何事もなかったように身体を離してくれ、「もう今日は寝ろ、疲れただろう」と寝室まで連れていってくれた。
なんなら「これを飲めば落ち着く。ジャングルでは世話になった」と白湯を淹れてくれた。
どこまでも紳士で優しいロイドに胸のあたりが熱くなったのは、白湯のせいだけではない気がする。
……だがこんな事で取り乱し、家事がままならなくなるのは本末転倒だ。
せっかく家政婦として雇ってくれたのだ。
期待に沿えるような動きをしないと……。
クロエお得意のメンタルコントロールで、先程まで脳内を掻き乱していた羞恥を追い出す。
なかなかどっかに行ってくれなかったが、なんとか落ち着きを取り戻した。
あわあわしている場合ではない。
家政婦としての職務を全うする。
それが、今クロエに与えられた使命なのだ。
「……朝ごはん、作ろ」
頭を切り替え、クロエはソファから降りるのであった。




