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【完結】ド田舎の迫害令嬢は王都のエリート騎士に溺愛される【第3巻 11/10発売】  作者: 青季 ふゆ@醜穢令嬢 2巻発売中!
第三章

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第166話 最後の戦い

 悪夢の続きを見ているのかと、クロエは思った。

 目の前に、イザベラがいる。


 実の娘でありながら、背中の痣が理由で『呪われた子』だとして育児を放棄。


 そして大きくなったクロエを日常的に罵倒し虐げていた張本人。


 ナイフを手に殺そうとしてきたイザベラが、目の前にいる。

 あまりに唐突な出来事に、クロエの頭が真っ白になる。


 足はガクガクと震え、その場から動くことも叶わない。


「どうしてここが、という顔をしているわね」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべてイザベラは言う。


「リリーに教えてもらったの。お前が行きつけのお店があるって。そこでお前を見つけて、後を尾けたの」


 思い出す。

 数日前、公園で誰かに見られているような視線を感じたことを。


(あれは、お母様の……)


 頭の中で辻褄が合っていると、イザベラが立ち上がる。

 そして、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


 逃げ出そうにも、身体が固まって動けない。

 母は、以前より随分老け込んだように見えた。


 目はどこか虚で、自我を保っているようには伺えない。

 手を伸ばして触れられる距離感で、イザベラは立ち止まった。


「なんの、用ですか……?」


 やっとのことで、クロエは声を絞り出す。

 ピクリと、イザベラの眉が動く。


「呪われた子のくせに、偉そうに。どうして来たかなんて、そんなの決まっているでしょう?」

「……!?」


 低い声で言って、イザベラは懐から包丁を取り出した。

 よくよく見ると、その包丁は普段自分が調理に使っているもの。


 血の気がサーッと引いていく。


「お前を殺すためよ!」


 窓が割れんばかりの叫び。

 瞬間、イザベラが包丁を振りかぶった。


 フラッシュバックする。

 実家を逃げ出したあの日、イザベラが振り上げたナイフを。


「ひっ……」


 生への本能がクロエの硬直を解いた。

 咄嗟にクロエは倒れ込むようにして身体を横に移動させる。


 重たいリュックに重心を引かれたのも幸いして、クロエはイザベラの包丁を避けることが出来た。

 避けられると思っていなかったのか、イザベラは勢いそのまま台所に突っ込んだ。


 ガシャガシャーンと、何枚もの皿が割れる音がリビングに響く。

 半ば無意識に、クロエはリュックを床におろして叫んだ。


「やめてください! お母様……!! こんなこと……」

「うるさい黙れ!!」


 振り向き、ギンッとクロエを睨みつけてイザベラ。

 額から血を伝わせながらイザベラは叫ぶ。


「お前のせいで! リリーは捕まって! あんな狭くて臭いところに押し込まれて!! 私も王都に招集される羽目になった! それに次はお前を交えての審議会! その結果次第で私も罪を背負うことになるなんて、冗談じゃないわ!」


 その叫びに気圧され、クロエは息を呑む。


「お前が消えてしまえば、証言なんてないも同然! だからお前を殺して、全部を無かったことにしてやるのよ!」


 イザベラの言葉で、クロエは理解した。

 リリーの一件によって設けられることとなった、イザベラを交えた審議会。


 そこでリリーについてはもちろん、シャダフの実家でイザベラが行っていた、クロエへの常習的な虐待の真偽について話し合いの場が設けられることになっている。


 その場合、クロエに証言されるとイザベラにとって非常に不利な状況になる。

 故に、クロエを殺して全てを有耶無耶にしようとイザベラは考えたのだろう。


(なんて、無茶苦茶な……)


 クロエは愕然とする。


「私を殺してもなんにもなりません! むしろ事態はもっと悪化します! お願いですから、どうか……」

「うるさい! うるさい! うるさい!」

 

ダンッと勢いよくイザベラは床を踏みつける。


「元はと言えば、お前が逃げ出したのが全部悪いんじゃない! 全部全部、お前のせい! お前が呪われているせいよ! お前さえいなければ、お前さえいなければ……!!」

 

 クロエが必死に訴えかけるも、イザベラは聞き耳を持ってくれそうには無い。

 もはやイザベラは正気を失っていた。王都の憲兵だって馬鹿ではない。


 もし仮にクロエが殺害されれば、すぐに名前が上がることは明白のはずだ。

 にも関わらず、イザベラはクロエを襲撃した。


 その時点で、イザベラは理性的な判断が出来ない状態であることは火を見るより明らかだった。


「死ねえ!!!!」


 再びイザベラは包丁を振りかぶってクロエに突撃する。

 血走った両眼に溢れるのは悍ましいほどの殺意。


「いやっ……」


 もつれる足を後退りさせながら、クロエはイザベラから必死に逃れようとする。

 しかし避けきれず、腕に一撃を受けてしまった。


「いぁっ……」


 痛みで身体から力が抜けて、クロエは床に尻餅をついた。

 見上げると、憎悪に満ちた瞳で母が包丁を振り下ろそうとしている。


 反射的に、クロエは身体を横に転がした。

 ドスッと、今自分のいた場所に包丁が刺さった。


(今のうちにっ……)


 イザベラが包丁を抜こうとしている隙に逃亡を図る。

 前回、実家でナイフを向けられた際はそれで逃げられた。


 しかしその目論見は許されなかった。

 逃げようとするクロエのお腹にイザベラの蹴りが刺さった。


「かはっ……」


 肺から強制的に空気が吐き出される。

 お腹を押さえて、身体をくの字にするクロエにイザベラは言った。


「同じ失敗を、するわけないじゃない」


 クロエが痛みで動けなくなった間に、イザベラは包丁を床から抜く。

 にたりと表情を歪ませて、イザベラはクロエを見下した。


 武器も助けもない。

 また、クロエの抱くイザベラに対する恐怖のせいで身体が思うように動かない。


 状況は、最悪だった。


「助けて……ロイドさん……」


 縋る気持ちでクロエが言葉を溢すと、イザベラは噴き出す。


「無理無理無理! 来るわけがないわ! あの騎士が夕方まで帰ってこないのは、知ってるのよ!」


 嘲笑うかのようなイザベラの言葉に、クロエの絶望がさらに深みを増した。


(わかってる……ロイドさんが来てくれるわけ、無いって……)


 ロイドはまだ仕事だ。

 この時間帯に帰って来たことなど一度もない。


 現実は、現実だ。

 本のような物語の世界ではない。


 今まではたまたま助けられてきただけだ。

 ただの幸運にすぎない。


 この絶体絶命のピンチにロイドが駆けつけてくれるなんて、都合の良い願望だった。


「頼みの騎士も来ない! お前は何の抵抗もできない! ここでお前は一人で死ぬの! 死ななきゃいけないの!!」


 もはや勝利を確信したのか、イザベラはクロエに言いたい放題に言葉をぶつける。

 イザベラの言葉で、『死』という現実が実態を伴ってきた。


(……私、死ぬの? こんなところで……?)


 せっかく王都まで逃げて来たのに。

 せっかく平穏で穏やかな生活を送ることができているのに。

 せっかくロイドと心を通じ合わせたのに。

 せっかくロイドとの結婚が決まったのに。

 

 幸せはまだまだこれからなのに、こんなことで終わってしまうのか?

 

 以前のクロエならここで諦めて、自分の運命を受け入れていただろう。

 呪われた子だから仕方がないと、あっさり生への執着を手放していたはずだ。

 

 しかし。


(そんなの、絶対にやだ……)


 手に、足に、力が戻ってくる。

 リリーに攫われた時、クロエは初めて自分の意思で反抗した。


 家族に対する従属心よりも、自我の力が優った。

 ゆっくりと、クロエは立ち上がる。そして、イザベラを睨みつけた。


「その反抗的な目は、なに?」


 クロエの目がまだ死んでいないことに、忌々しそうに眉を寄せるイザベラ。


(今まで、ずっとロイドさんに助けてもらった……)


 チンピラに襲われた時も。

 ルークにちょっかいをかけられた時も。

 リリーにホテルに攫われた時も。


(全部全部、ロイドに助けてもらった、助けてもらってばかりだった……)


 守られてばかりじゃだめだ。


(私が、戦わないと……)


 覚悟を、決める。

 そしていつの間にか、クロエは自身の身体の強張りが取れていることに気づいた。


(ああ、そっか……)


 クロエにとって、イザベラは恐怖の対象であった。

 理不尽な暴力、お前は呪われた子だと罵倒することによっての刷り込み。


 それによって、イザベラを目の前にしただけで身体が動かなくなって、全ての命令を受け入れるような身体になっていた。


 しかしその洗脳が解けた今、冷静になって考えるとイザベラは刃物使いに慣れているわけでもない、素人だ。

 

 体力やすばしっこさも、年齢を考えると自分の方が断然上。

 

 その事実に気づいたのだ。


「なんなの! なんなのよその目は!」


 クロエの纏う空気の変化に、イザベラの瞳が動揺に揺れる。

 

 イザベラの喚き声を無視して、クロエは深呼吸をした。


 ──避けるだけであれば、度胸でどうにかできる。

 ──度胸……。

 ──そうだ。相手の剣を恐れない心と言っていい。恐れは心を乱し、体の動きを鈍らせる。恐れがなければ、冷静に相手の目と剣の動きから、どう自分の体を動かせば避けられるかがわかる。


(落ち着きなさい、私……)


 ロイドの言葉を思い出して、もう一度息を吐く。

 心から恐怖が刷り落ちて、イザベラの持つ包丁だけに集中出来ていた。


 次の瞬間、イザベラが動いた。


「死ね!!」


 包丁を掲げてイザベラが迫ってくる。

 しかし先ほど違って、クロエは冷静に身体を動かしイザベラの攻撃を躱した。


「なっ……」


 余裕のある回避を見せたクロエにイザベラの表情が驚愕に染まる。

 その間に、クロエは今までロイドが戦っていた時の動きを思い出していた。


(確か、ロイドさんは……)


 相手の攻撃を躱してすぐに、反撃に転じていた。

 玄人じゃ無い限り、攻撃が不発に終わった瞬間は必然的に隙が出来るからだ。


 避けられたことで隙が生じたイザベラの背中を、クロエはドンッと突き飛ばした。


「ぎゃっ……」


 バランスを崩したイザベラが床に倒れ込む。

 クロエは後退りしてイザベラから距離を取った。


 その際、先ほど床に下ろしたリュックが足に当たる。

 ギギギ……と、ぎこちない動きでイザベラがこちらを向く。


 その表情は驚愕に染まっていた。

 イザベラからしてみれば、クロエは自分の命令に絶対に逆らわない、ただされるがままの存在。


 そのはずなのに、明確な反撃を受けた。

 驚きが、怒りに塗り潰される。


「よくも! よくもよくもよくも!! この私に反抗するなんて、いい度胸じゃない!」


 すぐにイザベラは立ち上がり、再び包丁をこちらに向ける。

 そしてそのままこちらに駆けて来た。


「死ねえええええ!!」


 雄叫びを上げながら突進してくるイザベラに対し、クロエは──リュックから両手で掴んだ七面鳥で包丁を防いだ。


 ──武器や盾になりそうなものはないかなど、臨機応変な判断力も大事だ。


 これも、ロイドの言葉をもとにした咄嗟の判断だった。


「なっ……」


 イザベラが目を大きく見開く。

 まさかの防御に、頭が追いついていないようだった。


 シエルから結婚祝いでもらった七面鳥は大きく、包丁の刃を容易く防いでくれた。


「くっ、離せっ……離しなさい!」


 包丁が七面鳥に奥深く刺さったことに加え、クロエが間合いを詰めているためなかなか抜くことができない。

 そんな中、クロエは力を込めて七面鳥を勢いよく横へと動かした。


「あっ……!!」


 包丁の刃に対し逆方向の力が加わったため、イザベラの手から包丁が離れる。

 無理やり振り払われた反動で捻挫した手首を押さえ、イザベラはクロエを睨みつけた。


「舐めた真似を……!! 返せ! 今すぐ返しなさい!」

「絶対に嫌です!」

「このっ……呪われた子のくせに……!!」

「呪われてない!!」


 叫ぶ。


 クロエは心の底から、生まれてから十六年もの間、自分を縛り付けていた蔑称を否定した。




「私はクロエ!! 呪われた子なんかじゃない!」




 明確な怒りを灯したクロエの激昂。

 無防備となったイザベラが僅かに怯む。


 気がつくと、クロエは七面鳥を振り翳していた。

 イザベラとの話し合いはもう成立しない。


 ここでイザベラを逃してはいけない。

 クロエは無我夢中で、包丁が突き刺さったままの七面鳥をイザベラへ向けて思い切り降り下ろした。

 

 ゴッ!!


「へぶっ……!?」

 

 重い打撃音、蛙が潰されたかのようなイザベラの声。

 頬を七面鳥で横殴りにされたイザベラの身体はいとも簡単に吹っ飛んだ。


 そしてそのまま盛大に壁にぶち当たり、白目を剥いて床に倒れる。

 イザベラはぶくぶくと泡を吹いていて、完全に気絶しているようだった。


「はあ……はあ……」


 今にも絶えそうな息の中、クロエは七面鳥を机に置いてその場にへたり込む。

 息が整うまで、クロエはその場にへたり込んでいた。

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大当たり令嬢はニ度目の人生を謳歌する〜死にたくないので100億マニーを手に隣国へ逃亡します〜



― 新着の感想 ―
[一言] ひたすら守られるだけじゃなく最後の因縁は自分で断ち切りすべての業を乗り越える いいね こういうのホント好き クロエが本当に強くなっているのがよく分かるし
[一言] 販売されているシチメンチョウが約7キロなので、そんなもんで殴られたら脳が無事では済まないかも? …キチ母は二度とクロエに危害を加えられないよう一生立ち上がれないほうがいいかもしんない。
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