第165話 祝福、そして
その後は何事もなく朝食とお弁当を作って、二人一緒に食べ、ロイドを仕事に送り出した。
昼下がりに、クロエは家を出てシエルのお店へ食材を買いに行く。
「クロエちゃん、おめでとうさね!」
シエルに、ロイドとの結婚のことを報告した途端、シエルはクロエの手を取ってぶんぶんと振った。
シエルは心から、クロエとロイドの結婚を祝福してくれているようで、満面の笑みを浮かべている。
「ありがとうございます! シエルさんのおかげですね」
クロエは思い返す。
今回、ロイドと結婚するに至ったのは、刺繍展の存在が大きい。
その刺繍展に誘ってくれたシエルに、クロエは改めて感謝を口にした。
「なーに言ってんだい、私は何もしてないさね!」
腰に手を当て豪快に笑うシエル。
「私は些細なきっかけを作ったに過ぎないさね。私が誘おうが、誘うまいが、二人はそう遠く無いうちに結婚したと思うさね」
「そ、そう、でしょうかね……?」
「きっとそうさね! 私の目に狂いはないさね」
自信満々に言うシエルに、クロエは納得を覚えた。
「よっし! 今日はクロエちゃんの結婚祝いだ! お前たち、なんでも好きなものを持っていきな!」
「えええっ!? ちょ、ちょっとそれは……この前もサービスしていただいたのに……」
「そんな、申し訳なさそうな顔をしなくていいさね」
目を細め、真剣な表情でシエルは言う。
「私は心から、クロエちゃんの結婚を嬉しいと思っている。だから、言葉以外にも、お祝いを贈りたい。だから、受け取ってくれると嬉しいさね」
もう随分と付き合いも長くなったから、クロエはわかる。
ここで受け取らない方が、シエルを悲しませてしまうと。
「うう……ありがとうございます、今日もお世話になります……」
「そうこなくっちゃ!」
嬉しそうにシエルは笑った。
自然と、クロエの口元にも笑みが浮かぶ。
自分の幸せを、心から祝福してくれる人がいる。
それだけでどれだけ素晴らしいことかを噛み締めるクロエであった。
◇◇◇
「今日のメインは七面鳥の丸焼き……私も、食べるのは初めてね……」
シエルの店からの帰り道、クロエはるんるんと歩いていた。
結局、あれもこれもとシエルから色々持たせてくれたため、クロエのリュックはパンパンである。
おそらく店で一番高い商品の一つである、両手で抱えるほど大きい七面鳥もシエルは持たせてくれた。
リュックの口から足の骨の部分が飛び出しているほどの大きさであった。
実家で何度か七面鳥を調理したことはあるが、いつも自分以外の家族が食べていたため味を知らない。
「ふふ、楽しみ……」
豪勢であろう今夜の夕食にわくわくが止まらない。
それから、夕食を食べて『美味しい』を口にしてくれるロイドを想像して、クロエの胸は弾んでいた。
不思議と足取りが軽くなって、いつもより早く家に帰ってきた。
「ただいま」
玄関で靴を脱ぎながらクロエは言葉を口にする。
家に誰もいないのはわかっていても、『行ってきます』『ただいま』は欠かさない。
先ほどシエルに教えてもらったレシピを頭の中に思い浮かべながら、クロエはリビングに向かっていると。
「おかえり、クロエ」
「……!?」
誰もいないはずのリビングで、声が弾けた。
瞬間、クロエの息が、止まった。
つま先から頭のてっぺんにかけて、ぞわぞわと寒気が走る。
心臓は一瞬にして破裂しそうなほど鼓動を速くする。
ロイドといる時のようなドキドキではない。
毒蛇を目の前にしたような、恐怖の鼓動だ。
恐る恐る、首を横に向ける。
いつもロイドと肩を並べているソファの上に、そろそろ初老に差し掛かる年齢の女性。
見え覚えのある豪華なドレスを身につけた、その女性は。
「お母、様……」
「久しぶりね」
クロエが震える声を漏らすと、女性──母イザベラは、ニタァ……と口角を歪めた。




