第103話 言いたい
「相変わらず見事な手捌きだな」
夕食後、リビング。
ハンカチに刺繍を刺すクロエの手元を、ロイドが覗き込む。
「それは、剣か?」
「はい。ロイドさんと言えば、やっぱりこれかなと思いまして」
「うむ、良いな。剣士の俺にぴったりだ」
クロエの針作業をじーっと見つめるロイド。
「あ、あまり見られると恥ずかしいですね……」
「ああ、すまない。邪魔したか」
「いえ! 全然このまま見て頂いていて大丈夫ですが、あまり面白いものでもないかと」
「そんな事はないぞ。針作業のスキルが赤子ほどもない俺にとっては、とても新鮮な光景だ」
「流石に赤ちゃんよりかはあるような……」
「剣での闘いであれば負傷する事は滅多にないが、針作業だとたちまちのうちに手先が血塗れになるのだが」
「よほどですね。まあ、人には得手不得手がありますから……」
そんなやりとりをしている時、ふとロイドが言う。
「やはり、見れば見るほど鮮やかな手業だな。ここまでの技量に到達するには、長い年月研鑽の日々を積み上げてきたのだろう」
ぴたりと、クロエの手が止まる。
「そう、ですね……」
ロイドの言葉で、思い出す。
針作業を初めてしたのはいつだろうか。
確か、十歳にも満たない子供の頃だったと思う。
破れたドレスを修復しろと母に命じられて、見よう見まねでちくちくした。
最初は上手くいかなくて、酷い出来になってしまったのを母に怒鳴られたものだ。
それからシャーリーに教わって、少しずつ上達していった。
元々手先は器用な方だったためみるみるうちに上達していき、裁縫の仕事もよく任されるようになった。
それに姉リリーが目をつけ、刺繍を刺すよう命令されるようになる。
当時はそれが普通だと思っていたから、何度も無茶振りを聞いていたものだった。
思い出すのは眠気と、洗い仕事でボロボロになった手先を針で刺してしまった痛み。
きゅ……とクロエは唇を噛み締めた。
「どうした、クロエ?」
クロエの表情に影が差した事に、ロイドは気づいて尋ねる。
「あ……いや……えっと……」
言葉を詰まらせるクロエの様子を見て、ロイドは何かを察したようで。
「……すまない。嫌な事を思い出させてしまった」
「そんなっ……謝らないでください!」
申し訳なさそうに頭を下げるロイドを見て、胸のあたりに痛みが走る。
(元はと言えば、私が過去の話をしていないのが悪いだけなのに……)
今の関係が居心地が良くて。
本当のことを話して、ロイドに嫌われたくなくて。
今まで隠していた、自分のこと。
気が向いた時に言えばいいと言うロイドの言葉に甘えていた。
だからと言って、このままずっと目を逸らして、沈黙を続けるの良くないのは重々わかってる。
どこかで勇気を出さないと、ずっと言えないままだ。
それはあまりにも、こんなにも良くしてくれているロイドに対して失礼だと思った。
(…………言おう)
覚悟を、決めた。




