第1話 痛みの日々
ローズ王国辺境の領地、シャダフ。
とある夜、アルデンヌ辺境伯の屋敷の一室。
「全部全部、アンタのせいよ!!」
パチンッと、乾いた音と共に衝撃。
小柄な少女の身体は、いとも簡単に吹き飛んでしまう。
床に倒れ込む少女。
頬に熱い感覚。
涙が滲みそうになりながらもすぐさま両手を付き、首を垂れた。
頬は何度も打たれたのか所々腫れている。
肩まで伸びたベージュの髪は燻んでおり毛先はちれじれ。
青白く不健康そうな肌に、全体的に痩せこけた体躯。
着ている服はドレスではなく侍女が着るものかつ、ボロボロで薄汚れている。
毎日虐げられ続けている下人のような少女──それが、クロエ・アルデンヌだった。
「申し訳ございません……お母様……申し訳ございません……」
すぐに謝らないと、もっとひどい暴力が待っている。
だからクロエは、何度も何度も頭を下げて謝罪を口にする。
たった今自分の頬を打った人物──母イザベラは、そんなクロエを忌々しげに見下ろしたあと大声を浴びせる。
「アンタが……!! 産まれたせいで!! 私は……!!」
その先は罵倒の連続。
お前は生きている価値がないだの、役立たずだの、お前が産まれたせいでだの、毎日聴き続けている罵倒のループだった。
その全てを受け入れながら謝罪を口にし続けるクロエだったが、イザベラは容赦しない。
最後にイザベラはクロエの胸ぐらを掴み顔を上げさせ、思い切り頬を打った。
じわりと鼻のあたりに熱い感覚。
……ぽた、ぽたと視界に赤黒い雫。
最後に打たれた衝撃で、鼻のどこかが切れてしまったようだ。
「はぁ……はぁ……」
浅い息を吐くイザベラ。
クロエを見下ろす彼女の目に、同情や憐憫といった感情はない。
あるのは敵意、そして、憎悪。
おおよそ、実の娘に向ける目ではない。
それでも仕方がないことだとクロエは諦めていた。
「少しでもその汚らわしい血を残したら、許さないから」
そう言い残して、イザベラは乱暴にドアを開け部屋を去っていった。
(……よかった、今日はこのくらいで済んで)
これ以上血を流さないよう鼻を押さえる。
そこでようやく、クロエは一息つくことが出来た。
しばらく経って、鼻の血が止まってからよろよろと起き上がる。
床に滴り落ちた自分の血を目にして、背筋が凍りついた。
時間を置いたら血が固まってしまう、すぐに拭かないと。
そんな思考のまま、拭くものを取りに行こうとすると。
「あらあら〜〜、今日もこっぴどくやられちゃいましたね〜〜?」
振り向くと、そこには燃えるような赤い髪を靡かせながらクスクスと笑う女がいた。
クロエとは違い、肌は陶器のように白く身体つきも男性を惹きつけるようなスタイル。
豪華なドレスを身に纏い、いかにも貴族の令嬢といった風貌だ。
「……お姉、様」
クロエの三つ上の姉、リリーは口元を歪めクロエのそばへやってきた。
クロエの肩がびくりと震える。
これまでの経験から、リリーの暴力に晒された事も数知れない。
「アンタ、どうせ暇でしょう? 明後日にモルガン伯爵家のお茶会があるの。その時に着ていきたいドレスがあるんだけど、いい感じに可愛い刺繍、施してくれない?」
「刺繍……」
これまでに何度か同じようなお願い、もとい命令を受けてきた。
幼い頃から何かと針作業を押し付けられてきたのもあり、クロエの施す刺繍はお茶会でもっぱらの好評らしい。
……その刺繍は自分がやったと、リリーは吹聴して回っているらしいが。
クロエは内心でため息をついて、答える。
「わかりました、いつまでに……」
「あ・し・た・の・あ・さまでによろしくね」
「あ、明日の朝……?」
今はもう夜も遅い。
いくらクロエが針作業に慣れているとはいえ、かなり厳しい期限だ。
それに……。
「まだやり残した家事があるので、流石に……」
ぱちんっと、母親に殴られた方とは逆の頬をリリーに叩かれる。
「なに? できないの?」
リリーが真顔で手を伸ばす。
クロエの髪を掴み、ぐいっと引っ張った。
「い、痛いっ……やめて……お姉様……」
「やめてください、でしょう?」
「あっ……」
どんっと突き飛ばされ、床に倒れたクロエを見下ろしリリーが意地悪そうな笑みを浮かべて言う。
「痛いわよね〜〜? 惨めだよね〜〜?」
涙が溢れそうになるのを、クロエは必死に堪えた。
「でも仕方がないわよね〜〜? 何せアンタは……」
クロエを見るリリーの口がニヤリと歪む。
それから、強調するように言葉を刻んだ。
「“忌み子”なんだから」
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