18 今日はやけに求婚される
また新しい声が聞こえる。
そちらに目をやると知らない少女が立っていた。
額に傷を負っている、いや額だけじゃない。
あちこちに傷が残っている。
そんな青髪の前髪を黄色の髪留めで止めたショートカットの少女。
「うぐっ……」
その少女が急に呻いて片膝を付いたので俺は駆け寄って肩に手を置いた。
「大丈夫か?」
「触るな蛆虫くたばれ」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「私に触れるなゴミの分際で」
「ご、ゴミ?」
「その汚い手で触るな」
何だこいつ。
蛆虫だとかゴミ虫だとか。
突然のことでみんな困惑しているのか誰もしゃべらない。
「カイナその傷はどうしたのだ?」
だがミリオーネだけが口を開いた。
「黙れウジ虫。私に話しかける時は許可を取れ」
そう答えていたのを見るにどうやら口が悪いのは全員に対してらしい。
特別嫌われている訳では無さそうだし、俺はアイテムポーチを開いた。
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→フェニックスの羽
・ポーション
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色々並んでいる中フェニックスの羽を取り出すとカイナと呼ばれた少女に使った。
見る見るウチに治っていく彼女の体。
「な、何故私を回復したの?」
驚いて俺を見る彼女。
「え、だって傷付いてるのを目の前で見たら普通治さないか?人として当たり前だと思うけど」
そう言うと、ジワジワと涙を流し始めるカイナ。
「うぇぇぇぇぇん」
俺に抱きついてきた。
「え?」
何が起きた?
「先程までの御無礼をお許しくださいまし」
そんなことを言い始める。
何が起きている?先程までとは全然違うぞ?
「どうした?」
そんなカイナを見て目を大きく開くミリオーネ。
「お前、何か悪いものでも食べたのか?」
「食べてないわよウジ虫。気安く声をかけないでくれる?私は今王子様とお話してるところなの」
ミリオーネに対しては何も変わっていなかった。
ところで
「お、王子様?」
「はい♡貴方のことです♡お名前を教えてくださいまし私の王子様♡」
何だこいつ。
急に態度が変わって困惑しているが名乗ろう。
「ノルンだけど」
「ノルン様ですね♡カイナのぉ魂に刻み込みました♡」
何だこいつ。
「カイナぁ、ノルン様の優しさに触れて恋に落ちてしまいました♡結婚してくださいまし♡」
「はぁ???」
意味が分からない。
「私のような口の悪い人にもノルン様は優しくしてくれました。こんな人初めてで優しさを感じてしまいました。ノルン様は私にとって特別なので特別な人に使う口調で話しますね。好きですノルン様♡」
いきなり態度変わりすぎだろ?!
それにしてもこのまま任せていたら、よくない方向に進みそうだ。
「なぁ、カイナだっけ?質問いいか?」
「はい。何でしょうか?♡カイナぁノルン様のためなら何でも答えますよ♡」
「何処で怪我してきたんだ?」
「な、何故そんなことを?海の神と呼ばれるリヴァイアサンにやられたのですけれど。ま、まさか、カイナが傷ついた事をご自身のせいだと思っておられるのですか?!そ、そんな!これはカイナのせいですわ!断じてノルン様のせいではありませんわ!え?それでもカイナが傷ついた事は俺のせいだって?!こんなに想ってもらえるなんてカイナ世界一の幸せ者です〜♡」
一言も言ってないだろそんなこと。
誰と会話してるんだこいつ。
でも、カイナを傷付けた相手は分かった。
カイナはまだまだ妄想の世界に入っているようだが。
「そんなこと聞いてどうするつもりだ?ノルン」
「倒しに行った方がよくないか?俺達の仲間に牙を剥いたのなら」
うん、居場所も聞いて倒しに行こうか。
◇
妄想の世界から帰ってきたカイナにリヴァイアサンがいる場所まで案内してもらった。
誰もいない浜辺。
ついでに聞いたのだがリヴァイアサンは元々は大人しい性格で普段ならカイナを襲うことは無いらしい。だが今日は襲われた、とそう言っていた。
俺たちの遥か視線の先では虫のようなサイズの何かが海上を動き回っている。
「あれが私を負かしたリヴァイアサンですわノルン様♡今は距離のせいで海ウジ虫のように見えますが実際に近くで見ると凄く大きいのですわ。そうですねー。小山1つ分くらいの大きさでしょうか」
何故かカイナが嬉しそうにそう報告してくる。
「あのリヴァイアサンは海の神様と呼ばれている存在ですわ。かなりの強敵なのでお気をつけてくださいましノルン様」
とりあえず槍を構えた。
「海の上ではリヴァイアサンに分がありますわね。あの口から放たれるブレスは波をも打ち砕き神々をも滅ぼすとまで言われており……何をなさっているのですか?ノルン様」
何故か俺を不審な目で見てくるカイナだがそんなの答えるまでもなく1つに決まってないか?
「狙い撃つ」
「またまたご冗談を。ノルン様は実力も最強ならばご冗談まで最強なのですね。こんな距離当たるはずありませんわ素直に遠距離魔法を……」
彼女がそうまで言ったその時だった。
魔力を込めてただ槍を投げる。
「貫け━━━━グングニル」
竜騎士が使える専用技であるグングニルは手持ちの槍に魔力を込めて投擲する技だ。
海に向かって投げれば回収はできないが、変えはあるから問題ないかな。
俺はそれを使う。
「グォォォォォォ!!!!!!」
ここまで断末魔が聞こえてくる。
俺の放ったグングニルはリヴァイアサンを貫いた。
遥か遠くだったがそれでもあの巨大な身体が海に沈んでいくのが分かった。
「……」
静まり返る俺の周り。
「どうしたんだ?」
カイナが引き攣った笑みを浮かべていた。
それに対してミリオーネが勝ち誇ったように笑う。
「カイナ?この距離なら何だって?」
「あ、あ、あ、当たるはずが……ありましたわ……」
信じられないような目で俺を見てくるカイナ。
だがその後我に返ったかのように口を開く。
「こ、ここからあのリヴァイアサンまで何キロメートル離れてると思っているのですか?!あれは神魔法の距離ですわよ?!」
神魔法、神が使ったとされる強力な魔法だ。
威力もそうだし、射程も人間の扱う魔法を遥かに超えている。
人が発動させようとするなら何日もの時間をかけ入念な準備を行った上で更に多くの人が力を合わせて発動させる魔法なのだが、彼女は今の距離がその魔法を使って狙う距離だと言った。
「そ、そうだよノルン。私なんてあんまり姿が見えなかったレベルだよ?!」
カイナどころかエリーまでそんな事を言っているが。
「え?でもグングニルって槍を投げる遠距離技だし」
「ち、違いますわよ?!グングニルは近距離技ですわよ?!」
「何を言ってるんだ遠距離技だろ?投げるんだから」
槍を投げる技なのだから遠距離技だと思うのだが。
でも違うんだろうか?
「た、たしかに投げますけどグングニルの射程は極めた人でも数十メートル届けばいい方ですのよ?!そんな技なのにキロ単位で飛ばしたのですわよ?!ノルン様は!」
「そうなのか?」
「そうだよ!こんなのおかしいよ!」
エリーにもそう言われたが届いてしまった。俺がおかしいのか?
みんなが色々言っている中ミーナが口を開いた。
「流石はノルン様ですね♡これもノルン様の努力の賜物です」
「うん。流石先生だよね。またダンジョンの皆にも報告しないとね。また伝説が生まれたって」
クレアもそんなことを言い出したが俺は他のことを考えていた。
大人しいはずのリヴァイアサンが何故カイナを襲うほど暴走したのか、それが不思議だった。
何か起きているのだろうか。