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わたしとその男の子【2】

 いつものように走り終わった後木陰で少し休んでから、そろそろ教室に戻ろうと歩いていたら、変な方向に向かって一人で歩いている男の子が見えた。


 あんなところで何してるんだろ。なんかふらふらしてる気がするけど、大丈夫かな。


 心配になったので気がつかれないようにそっと追いかけてみた。

 男の子はやがて目的の場所に着いて寄りかかるように倒れ込む。


 何でこんなところの水道…!?もっと近いところ、あったはずだよね。


 男の子は両膝で立ち、右手は水道の蛇口、左手は自分の口を押さえている。

 もうとてもわたしに気がつく余裕なんてないだろう。


 やっぱり本当に具合が悪そう。先生を呼んであげた方がいいのかな。

 見ているこっちが辛くなって来そうだけど、何とか戻さずに我慢してる。


 迷ったけれど、あの男の子をわざわざこんな遠くまで無理して辿り着かせた気持ちを考えて、とても自分を見ているとは思えないほど遠くから見守ることにした。戻した時は誰か呼ぶからなっ。


 しばらくすると、男の子は自力で立ち上がり、わたし達が元々向かうはずだった校舎の入り口の方向に向かって歩き始めた。


 何とか落ち着いたみたい。彼が無事校舎の中に入っていくことを確認して、わたしも自分の自分の教室に向かった。



 翌週の体育の授業。今日は気温が丁度良くて走りやすい日だった。

 私のタイムも前回より伸びている。最初のうちは特に、こういうことは頑張ればすぐに結果に現れるのだ。


 ゴール付近で息を整えていると、先週のあの男の子が走って来るのが見えた。


 ゴールして、まだ立ち止まらず校舎の方に向かって歩いていく。すごい汗で、やっぱり苦しそうだった。


 私は先生がタイムを記録している名簿を見て、今ゴールした彼の名前を初めて知った。


 はるひ君、か。男の子にも女の子にも合う名前。髪型次第では女の子にも見えるような彼にぴったりの名前だと思った。


 遠くから彼のことを追いかける。何でわたしがこんなことをしているのかはわからないけれど、なんとなく放っておけない気がしたのだ。


 彼は前みたいに水道まで行くことはなかったけれど、中庭の角の花壇のところに、ぐったりと息を切らして座り込んでいた。


 わたしの息はすっかり整っている。走り終わった後なのに、わたしはなんだかまたどこかに向かって走り出したいような気分だった。



 おそらくこの学年で誰よりも一生懸命で、そして危なっかしい人を見つけてしまい、なんとなく気になって毎回自分のタイムと一緒に彼のタイムも確認するようになった。


 びっくりするのは、毎回確実にタイムをきっちりと伸ばしているところ。それも結構な量を。

 私との差は、どんどんと詰められて来ていた。


 でも毎回同じなのはゴール直後は本当に辛そうなんだよね。普通ペース配分がわかってきて段々余裕を持てるようになるはずなのに。



 今年は自分以外の心配と、少しの楽しみを感じつつ毎回の練習をこなし、遂に本番の日がやってきた。


 スタートの号砲が鳴る。すぐにいつもとは周りの雰囲気が違うのがわかった。


 いきなりペースが速い。スタート直後の学校の敷地を出るまでの狭い道を密集して走るのは危ないと思ったので、わたしはまずは後方で様子を見ることにした。


 余裕があればペースを上げていけばいいんだ。このペースでみんながもつわけではないんだから。


 当然全体の差はすぐに広がり始め、わたしは走りやすくなった見晴らしの良い田舎道を、慎重にペースを上げながら走り続けていた。


 疲れが少ない。わたしは軽快な足取りで、どんどん人を追い抜いていく。


 たぶん真ん中より上くらいの順位まで来たと思う。いつもと顔ぶれが違うからわかりにくいけれど。


 いつも下の方の順位で明らかに力を残してゴールしていた人が苦しそうに走っていた。

 やっぱり本番だけ頑張ろうとしても上手くいかないみたい。


 終盤。ゴールを意識し始める頃。残りの距離を考えると、まだギリギリペースを上げられそう。

 わたしの全てを出し切るんだ。


 また一人追い抜かした時、前の方にあの背中が見えた。わたしより前を走ってたんだ。


 そういえば、今更だけどゴール直前以外で彼が走っているところを見るのはこれが初めてだった。


 彼の背中を捉え、追い抜く。一瞬だけ顔を見たけれど、やっぱり苦しそうだった。

 少しだけ「頑張れ。」って念を送り、わたしは前を向いて走り出す。一人でも多く抜いてみせる。


 次の一人を抜こうとしたところ、背後の足音が速くなった。はるひ君がペースを上げ直してわたしを追いかけてきたんだ。

 わたしが更にペースを上げても、はるひ君は食らいついてくる。


 だ、だめだよ。そんなことしたら。わたしは今日調子がいい。まだ余裕がある。わたしに合わせていたら、キミはもたないよ。

 キミは自分のペースを守らなきゃダメっ。


 彼のためにも引き剥がそうとしても、彼は譲らない。

 わたしは見た目に特徴があるから、丁度良い目標にされてしまったんだろうか。混乱しながら、走り続ける。


 一瞬、ペースを落とすという考えが頭をよぎったけれど、すぐに振り払う。

 ダメ。彼に対して、それはあり得ない。


 横を気にするのをやめて、自分の走りに集中する。

 お願い。こうなったらもう、最後まで付いてきて。


 後は彼の頑張りがゴールに届くことを祈るしかない。


 その時。

 コンクリートの上を砂利が擦れる音がした。

 彼の姿が一瞬で隣から消えた。


 沿道にいるお婆さんの漏らす声で、私は何が起きたのかを確信した。


 一瞬、時間も私の身体も止まってしまったかと思った。

 自分の足音が遅くなっていることに気がついて、わたしは少しの躊躇いの後、背後を振り向かずに思い切り走り始めた。

 振り返って彼と目を合わせることが怖かった。


 わたしは頭の中がめちゃくちゃになったまま、全てを振り払うみたいにがむしゃらに走った。

 なんだかよくわからないけれど、涙が出てきそうだった。


 わたしはゴールの白線を越えると、土の上に崩れ落ちた。渡されたカードには、今まで見たことない順位が書かれていた。


 しばらくして彼が膝から血を出して、フラフラになりながらゴール地点に来た。

 倒れ込むようにゴールした彼はすぐに先生に抱えられて、どこかへ連れて行かれた。


 その時彼と一瞬だけ目が合ってわたしは動揺した。

 彼の顔が、悔しそうではなくて、なんだか申し訳なさそうに見えたから。

 ごめんね。って、言っているような気がした。


 彼の記録は、わたしが知る中で1番悪いものだった。

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