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さんまいめ  作者: taka
16/19

真衣 part9

 あの日から幾日も幾日も明衣は変わらない笑顔を浮かべている。

 私がどんなに祈っても、どんなに悔やんでも明衣はもう笑うことしか出来ない。

 私がどんなに信じたくなくても、お母さんは毎朝仏壇の水を換え、笑顔を浮かべた明衣の遺影に話し掛けている。「今日はいい天気よ」「知ってる? 星羅ちゃん退院になったみたいよ」「ねぇ、明衣こっちは皆で元気にやってるからね」なんて反吐が出そうな事を言った後、逃げるように家を出て仕事に向かう。

 私は只、家でずっとまんじりと過ごしている。リビングでずっと朝食のトーストを前にしながら食べるわけでもなく、何するわけでもなく只々生きてしまっている。

 明衣は死んだ。

 私が呑気に花火大会に行っている間に、明衣は独りで死んだ。

 私がテルに勝手にフられている間に、私は独りになってしまった。

 幸か不幸か死に目に間に合ってしまった。様々なチューブとモニターに繋がれながら、生きたかったはずの妹は私の胸の中で逝ってしまった。

 本当は「今までありがとう」とか「ずっと忘れないから」とか伝えたかった言葉は山ほどあったのに私は只ずっと「死なないで!」「ねぇ! 目を開けて!」とか命令ばかりだったように思う。

 伝えきれなかった想いはあの日からずっと瞼に溜まってて、ふとした瞬間に溢れ出てしまう。

 面白いのはそれは本当にふとした瞬間なのだ。本来であれば最もふさわしい場所であるはずの明衣の通夜と葬式ではちっとも泣くことが無かった。寧ろ恐ろしいほど冷静にただその場をやり過ごせた。喪服は持ってないからなぁと冬の制服をクローゼットから引っ張り出したり、ただ憔悴した様子の母に代わり見た事も無いような親戚からのバカみたいな慰みに粛々と頭を下げ、時には袖を目元にやる振りをして見せたりしてやった。ただ、最後葬式の手続きを進めてくれていたお父さんに「ありがとう」と言った時お父さんは少し怒ったような表情で「いい加減にしろ」と返してきた。その時少しだけ嬉しかったのを覚えている。それが凡そ最後に感じたポジティブな感情かもしれない。

 あの日から今日まで私はずっと家に引きこもっている。

 夏休みは終わったが学校には行っていない。晩夏の太陽は今の私にとってあまりに眩しすぎるし、虫の音が響く少し長くなった初秋の夜は今の私にとってあまりにも切なすぎる。

 ベッドの上でただあてもなくパラパラと本を読んでみたり、リビングでテレビを見たりしてみるものの只々空虚感しかない。入院してた頃の明衣も毎日こんな退屈だったのかなとか思うと、ほら、また瞼から溢れ出た。

 毎日がただ消耗品でしかなかった。


 携帯にメッセージが届いた。確認するまでもない。どうせテルだ。あの日から毎日のように私の体調を心配して連絡をくれる。他愛もない「元気か?」とか「待ってるよ」とかはたまたバカ真面目に授業ごとの黒板の写真を送ってくれる。どうせ今回もそれだ。私は携帯を操作しアプリを開く。いつも既読だけはつけるようにしている。というのも一時期未読スルーを続けていると、私が自殺したんじゃないかとテルが心配し家に来た事があったのだ。

『なぁ』とだけ来ていたが私が既読を付けた瞬間何通か連続で送信されてきた。

『元気なら良かった』

『あのさ、覚えてるか?』

『来週、蒼療祭なんだよ。忘れちゃないよな笑』

『忘れたいと思ってたら、ごめん。でもどうしても話しておきたいことがあってさ』

 テルからのメッセージにずっと既読をつけていく。

『俺出ようと思うんだ。明衣ちゃんと出る予定だった舞台に』

『病院の人には許可貰った。むしろ是非だってさ笑 明衣ちゃんがやろうとしてたネタ見せてって』

『だけど漫才じゃん。俺一人じゃ出来ないんだよ』

『単刀直入に言うよ』

『真衣、俺と漫才をしてくれ』

『俺達のネタを誰よりも側で見てたのは、真衣しかいないんだ。真衣にしか頼めないんだ。なぁ、どうかな?』

 私はスマホを机に投げ出し、天井を仰ぎ見る。椅子の軋む音だけが部屋に響いた。

 メッセージの一文を思い出す。

『俺と漫才をしてくれ』か。

「するわけないじゃん」

 誰に聞かせるわけでもなく、私は独りで呟いた。

 妹が死んだ一か月後に、漫才? 冗談じゃない。

 テルは好きだった人が死んでどうやら頭がおかしくなってしまったのだろう。あぁ可哀想に。あぁーあ。あぁーあ。

 胸の中が妙にざわつく。何故だろうかと考えて分かった。少し懐かしいこの感覚は焦りだ。

 以前明衣が生きている時に感じた自分以外の人達が明衣の為に一生懸命頑張っている事に対して私はずっとこの感覚を感じていた。

 明衣の病気を治すために医者になろうとする幼馴染。治療費を稼ぐため仕事を変える両親。明衣の為に……明衣の為に……。

 一方で私は何もしていなかった。私はきっと、心のどこかで明衣の病気を受け入れ切れていなかったのだ。だからそもそも『病気の』明衣の為に何かをする事が出来なかった。

 そんな私を差し置いて、明衣のいない世界は東に向けて回っていく。母も父も日々の忙しさに終われながら少しずつ東に。そしてテルもまた自分なりの方法で明衣のいない世界を受け入れようとしているのだろうか、明衣と考えた、明衣とするはずだった漫才を明衣以外の人とするっていうのはそういうことだ。テルもまた東に向かい夜明けを迎えようというのか。

「馬鹿みたい」

 口に出して呟くと何だか体が軽くなる気がした。

 あぁ、そうだ。まるで馬鹿みたい。だって夜明けには明衣が居ないのに。

 どうして皆、明衣の死を受け入れようとするの。乗り越えようとするの?

 一緒にこのまま真夜中に居てよ。ずっと一緒に夜を過ごそう?

 ねぇ、明衣もそう思うでしょ?

 久し振りに明衣の遺影にそう語りかけた。

「ありがとう」と笑っているようにも見えたが、その絶妙な笑顔は「ん~私はね……」と悪戯を仕掛ける直前の笑顔のようにも見えた。

 机の上のスマホが鳴る。テルからのメッセージだ。たった一行『待ってるよ』とだけ書かれていた。

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