表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さんまいめ  作者: taka
1/19

真衣 part1

 私は子どもの頃から理屈屋だった。まだ五才だというのに絵本はとうに読み飽きていて、辞書を片手に百科事典に小説、はたまたコンビニにおいてあるような雑学や業界の裏話暴露本なんかを漁るように読んでいた。しゃらくさい子どもだ。どうせ心の底から面白がってはいないのだ。『がらがらどん』の絵本が大好きだって正直に言えばいいのに。大人に好かれたいなんてこれっぽっちも思わないようにしている私は、弱い弱い寂しがりの女の子だった。

 あの夜もそうだった。12月のいつだったかは忘れたけど間違いなく日曜日の夜だった。冷たい風が子供部屋の窓ガラスを何度も叩いているのに気付かない振りをして、私が読んでいた本は『恋空 上』だったと思う。ませているというかなんというか……「雨空」じゃなかったら空模様なんてどうでもいい年の癖にずいぶん生意気だと思う。当時の私は恋愛の事も大切な人が死ぬってこともまだ何も知らない普通の女の子だった。

「真衣~ちょっとこっちにおいで」

 リビングから聞こえてきたお母さんの声にも耳を貸さず私は『恋空』を読み進める。下巻もまだ買っていないのだから、焦る必要はどこにもないのに。

「おねぇちゃん~わたしのおねぇちゃん~」

 同じくリビングから舌足らずな間の抜けた妹の声が聞こえてきた。私は覚えたての舌打ちをした後、文字を目で追うだけの狸寝入りみたいな読書を私は続けた。

 廊下からこちらに駆けてくる足音が聞こえてきた。

「おねぇちゃん! だいじょうぶ!?」

 バン! と音を立て部屋のドアが勢いよく開く。

 そこにはパジャマ姿の私……に本当によく似た双子の妹の明衣が立っていた。いわゆる一卵性双生児というやつなので自分でも時々引いちゃうくらい真衣と明衣、私たちはよく似ている姉妹だ。

 2分違いで生まれた私たちは髪型と肌の白さで周りのみんなは区別している。髪が長いのが私で、短いのが明衣。肌がそこそこ白いのが私、それよりさらに白いのが明衣。ついでに言えばいつも眉間にしわが寄っているのが私、寄っていないのが明衣。声とか小さなほくろの位置でも見分けはつくんだけどそれはもう家族か特に仲良しの人たちにしか分からない。

 本当はもっと簡単な見分け方がある。私しか知らないとっても意地悪な見分け方。お母さんが付きっきりなのが明衣で、そうじゃないのが私。幼稚園の運動会もお遊戯会も独りだったのが私だ。傲慢な事を言わせてもらえれば、いつも寂しそうな顔をしていたのが私だ。

 「お姉ちゃんなんだから」「明衣ちゃんの事も分かるでしょ?」そんなことを大人たちに頭ごなしに言われ続けてきたのが私だ。独りの少女が私だ。

 一方で、いつものほほんと気の抜けた笑顔を浮かべている少女が明衣だ。姿形だけが私によく似た双子だ。

 私と違って生まれた時から体が弱くて、何度も何度も入院と退院を繰り返している方が明衣だ。私ですら涙が出てしまうような注射を私の何百倍もの本数を打っているのが明衣だ。

 「先に生まれたお姉ちゃんに元気を全部吸い取られてしまったんかねぇ」という近所のおばちゃんの何気ない呟きを今まで一度だって忘れたことがないのが私で、元気を吸い取られているはずなのに私の何億倍明るくて皆に愛されているのが明衣だ。

 私が、嫌いな方が明衣だ。

 本を読むのが好きになったのも本を読むって行為が一人で出来ることだからだ。双子の私たちは何かにつけてセットにされてしまうから、無理矢理にだって一人になる必要があったのだ。

 こんなに私は明衣を避けているのに明衣は私をずっと追いかけてくる。「おねえちゃん。おねえちゃん」とずっと後からついてくる。今みたいに私の部屋に飛び込んでくるのもしょっちゅうだった。

「おねぇちゃん? どうしたの? おなか痛いの?」

「……もう。あまり騒がないでよ。うるさいなぁ」

 うんざりした声を作って私は応えた。だけど明衣はパァと顔を明るくし嬉しそうにアホ面で笑った。

「よかったぁ。あのね、おかあさんがおはなしがあるってよんでるよ」

「そう」

「いっしょにいこう?」

「……別に一緒じゃなくてもいいでしょ? ちゃんと行くから待ってて」

「いっしょでもいいかなぁとおもったんだけどなぁ。でもいいや! じゃああっちで待ってるね!」

 そう言って明衣は「まってるからね~」と言いながらリビングに返っていった。

「なんなのよ。もう。面倒くさいなぁ」

 私はそう独り言ちながら読んでいた本のページに栞を挟みリビングに向かった。

 その後何が待っているかなんて当時の私はちっとも想像できていなかった。

 思い返せば妙に震えた調子だったお母さんの声、いつにもまして青白かった明衣の肌に嘘みたいに明るい笑顔、いくらでも予感させる材料は揃っていた。推理小説で言うところの伏線がゴロゴロ転がっていた。

 さっきの見分け方の続きだけど、大切なことをずっと一人で抱えていたのが明衣で、それに何一つ気づけなかった方が私だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ