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第三話:刑事、そして変人

「あんた、何で」



 二日前、家宅捜索の礼状を突きつけにアパートの方に訪れてきた警察官――篠宮。

 一度は追い返したはずの男が、何故か本来優人の住まうマンションへと現れた。



「何でってのはこっちのセリフだな。何であの時、あんな幼稚な『嘘』に騙されちまったんだか……疑うのが仕事の警察官としちゃ不思議で仕方がねぇんだよ」


「いや、それもそうなんだけど……何でってのは僕の居場所がだな」



 んなもん簡単じゃねえか、と篠宮はせせら笑う。



「お前さんが借りてるアパートや電話の名義は何の関係もねぇ赤の他人だった。けどな、あの場所で携帯電話も使ってりゃ話は別だ。今の技術がありゃあ誰の名義の電話で、どこの住所が登録されてて、誰と通話してるか、どこで通話してるかなんて案外簡単に割れるモンよ。警察なめんな」


「――」



 完全に予想外だった。現住所がバレた事や、携帯の名義が洗われたことでは無い。

 彼が今ここにいること――すなわち、あの日「能力」を使っていたにも関わらず自力で嘘だと気づき、ここまでたどり着いたことが、だ。


 すわ、この場でしょっぴくつもりかと咄嗟に身構える優人だったが、目の前の大男は全く予想もしていないことを口にする。



「そう警戒すんなよ。別にとって食おうってつもりじゃねえんだから」


「……信用できるか。なら何でアンタがここにいるんだよ」



 あー、と頭を掻きながら言葉を選ぶ素振りを見せる篠宮。



「なら率直に聞くぜ。お前さんは本当に『ただの』詐欺師なのか?」


「どういう意味だよ」


「そのままの意味だよ。詐欺師やってんのは調べがついてるから分かるが、お前さんそれだけじゃねぇんじゃねえかって話だ。例えばそうだな――妙な力がある、とかな」


「――っ?!」



 まさか。

 この男は、知っているのか。自分の能力を。普通ではない非常識の力を――



「……馬鹿馬鹿しい。妙な力って何だよ。それにそっちが僕の事を詐欺師だって断定してるなら尚更言うつもりもないだろう。ここで僕がNOだと言ったらどうするつもりなんだ」


「したらばぁ、アタシの出番ってことっスかねぇ」


「え、うわぁっ?!」



 目の前の警察に集中していたためか、彼の背後に隠れていた人影がひょっこりと現れた拍子に思わず声が出る。


 無理もない。現れた男はあまりに――あまりに奇抜な服装をしていたからだ。


 悪趣味なアロハシャツに無地のステテコパンツ、それでいて軍事用に使われそうな無骨なリュックサックというなんとも珍妙な組み合わせ、極めつけには額にかけられたひときわ目立つサングラス。一言で言うならそう、変人だ。



「申し遅れましたぁ、アタシは榎本って言いますぅ。今はこのオジサンと一緒っスけどぉ、普段は何でも屋をやってる世捨て人みたいなモンっスよぅ」


「ってわけだ。ワケあって今は着いてきてもらってる。で、お前さんがまたしても嘘をついてるって思った時は――」


「アタシが『嘘発見器』の役割を担うってことになってるっスよ」


「嘘、発見器って……そ、そもそもアンタらの目的は何なんだよ?!僕を捕まえるために来たんじゃないのか?!」



 意味がわからない。

 篠宮がここにいる理由も、こんな変人が同伴している理由も、予想の上を行っている。否、斜め上を行き過ぎているくらいだ。



「だぁから、今更しょっぴくつもりはねぇんだっての。捕まえようにも何でか知らんがお前さんに関する資料はお上が勝手に処分しちまうし、別の詐欺グループの居所が割れたってんで周りは大わらわでお前さんにちょっかい出す暇なんざねえのよ。大事なのはお前さんが詐欺師がどうか、もっと言やぁその妙な力を持ってるかどうかだ」



 別の詐欺グループ。それは優人の知る、活動範囲が被っていたために縄張り争いのような状態になっていた、いわば商売敵のようなものだった。



『最近この辺りで流行ってる詐欺事件に関してですね――』



 彼の訪ねたその日のうちに、自分とは関係の無い同業者をリークする事によって狙いを外させ、あることないことを吹き込んで自分に関するデータを消させてしまえばいい。現にその予想が功を奏したのか、優人の正体が詐欺師であると分かっておきながら篠宮はそれを逮捕できない状態にいた。


 だからといって、現状がいい事だとは決して言えない。嘘を見破った男が、嘘を見破れる男といるのだ。言葉選びは慎重にならざるをえない。

 榎本と名乗った男が本当に嘘を見抜けるかどうかは知らない。ただ、ここで正直に真実を吐くほど諦めの良い性格ではない。



「生憎だが、あんたらの言ってることは信用ならない。僕が詐欺師?馬鹿馬鹿しい。『僕はごく一般的なサラリーマンだよ』」


「エノ」


「嘘っスね」


「な――」



 考える素振りも、悩むような仕草も見せることなく優人の嘘を看破する。長年嘘を嘘と見破られることがなかった分、余計に衝撃が大きい。



「驚いているところ申し訳ないが、続けさせてもらうぞ。二日前、俺を追い返した時も『それ』を使ったか?」


「『使ってない』。そもそもその変人が言ったこと自体が嘘かもしれないだろ」


「ダウトっス、バリバリ使ってたっスよきっと。あと、アタシは生まれてから一度も嘘はついてないっス。これも嘘っス」


「こいつ、さっきから言わせてりゃ――」


「おっと、暴力的な行為はナシだ。別件で現行犯なんてお前さんも嫌だろう?」



 どこまでもふざけた態度を崩さない榎本に、思わず掴みかかろうとする優人、そしてそれを宥める篠宮。ハッキリ言って、険悪なムードだった。



「――ちっ」



 しかし――榎本は飄々とした姿勢の中にどこか真剣味をおびさせた目をしていた。



「ああそうだよ、僕には『人を騙す力』がある。荒唐無稽な話だけど本当だ、通用しなかったのはアンタらが初めてだ!……これで満足したかよ、捕まえるならさっさと捕まえてくれ」


「はッ、それこそまさかだっての。さっきも言ったろうが、お前さんをしょっぴいても起訴になんざできやしねえ。せいぜい、拘置所で二、三日拘束できるかどうかってところだろうよ。それとは別件だ、別件」



 そう言って、篠宮は一度唇を湿らせてからこう言った。



「んなことよりよ、玄関にお客さん立ちっぱなしで話させるのってなぁ失礼じゃねえか?」



 勝手に押し掛けておいて、図々しいにも程がある。




「どうぞ、粗茶そのものですこの野郎」


「もう少し言い方があるってんだろ、なあ?」


「アタシは飲めればなんでもいいっスけどねえ。お、この煎餅うまうま」



 人の家に上がり込むなり、各々好き勝手にぶーたれる二人。榎本に至っては人の食べ物を食い始める始末ーーもてなす詐欺師、もてなされる警察、煎餅を齧るよくわからん男。はっきり言って異常な光景だ。


 時刻は既に二十時を迎えており、優人としてはさっさとお帰り願いたかった。



「で、用件ってのは一体なんなんだよ」


「あーそれだけどな……エノ」


「ほいほいっス」



 榎本が懐から何やら取り出す。ずいぶんと厚みのある茶封筒、それをこちらへ差し出して来た。 


「この中に五十万入っている。俺はこれからお前にある『頼み事』をする。頭金で五十万、引き受けてくれるならさらに五十万、計百万お前に支払おう」


「は……?ちょっと待て、いきなり押し掛けて来て詐欺師だなんだの話をして、どうしていきなりそんな話になる?!」


「あー、ここからは他言無用でお願いしたいんだが」



 篠宮は事のあらましをつらつらと語り始めた。


 曰く、彼の所属している埼玉県警に、現在収容中のとある犯罪者がいる。そいつは今から七年前に起きた、とある未解決事件について浅からぬ関わりを持っているーーらしい。


 篠宮はその七年前に起きた事件を今なお追っているらしく、何か重要なヒントを持っていると踏んでいるのだとか。ただしかの犯罪者とやらは誰にたいしても口を開かず、延々と黙秘を続けている。どうしたものかと頭を抱えていた時、折よく優人を見つけたということである。



「そこで、何故僕が必要になるんだ?誰にも口を開かないなら僕にできることなんてないだろう」


「バカ、必要なのはお前じゃねぇ、お前の力だ。人を騙す力、だっけか?それならアイツに対して『自分はお前の仲間だ』とでも言やァあっさり信用してくれんだろうと踏んでのことだ」


「なるほどな、利にかなっちゃいるのか。けどな」



 ここで一度わざとらしく一拍おいてから、優人は口を開いた。



「悪いけど乗れない相談だ。平たく言えば情報を抜き出せって話なんだろうが、百万という報酬の割りに合わなすぎる……あんたら、他に何か隠してるだろ?」


「……ほう」


 そう、割りに合わない。いくらなんでも、優人にとって条件が良すぎるのだ。それこそ、何か裏に隠し事がなければ提示できない額。 


 優人にとっては願ったりの条件だが、そんなうまい話が現実にあるはずがないと、逆に優人はこれを疑ったのだ。



「あんたらはそれ自体が目的じゃない、恐らく『ついで』に何か僕に指示をして、実は情報を聞き出すのがメインではなくそっちが本命だったーーしかも飛びっきり厄介な代物、そういうオチだと僕は推測してるんだが」



 あくまで予想、推測、妄想の域を出ない程度の考えだったが、どうやらそれが篠宮の琴線に触れたらしい。彼の目が一段鋭くなったのを、優人は見逃さなかった。



「摩訶不思議な超能力頼みとはいえ、流石詐欺師ってとこか。二十そこらの若造にしちゃぁ頭が回るじゃねえか。ちょこぉっと内容は違うけどよ」



 いいか?と篠宮は一つ前置いてから話し出す。


 何でもその事件の犯人とされる男は、警察内部の誰かと繋がりを持っているのではないかとされている。

 というのも、彼の取調べはいつも同じ人間、篠宮が面会しようとも取り合って貰えなかったという状態だったらしい。


 そこで篠宮が取ろうとした行動は、優人が誘導尋問をしている傍ら、その男と関わりのある、所謂内通者を探し出して真相を問い詰める、といったものだった。


 優人が聞き出した情報をリアルタイムに受け取り、男と内通者の両方からその事件を追う――それが篠宮の考え出した手法だそうだ。



「んで、それを実現するにはお前の力が必要不可欠だ。それが出来るんならいくらでも出してやる」


「……理由はわかった。けど、それで全部か?悪いけど、それでもこの額はデカすぎる。一体全体、何でそこまで過去の事件に迫ろうとする?既に未解決のハンコが押されてるような」


「だからだよ。未解決で、誰も手を出さねえから俺がやるんだ」


「だから、それが不思議だって言ってんだろ。何たって――」



 たかが過去の事件に執着するのか。そう言いかけて初めて、優人は目の前の刑事が――その握りしめた拳が真っ白になるほどに硬く握られていることに気づいた。



「……それについては、アタシがお話するっスよ」


「エノ。余計な事は話すな」


「七年前、東京のとある所で連続して妙な殺人事件が起きたのはご存知っスか?」


「エノ!」



 激昴する篠宮を余所に、榎本は話を続けていく。


 七年前の連続殺人。それは優人でも知りえている情報だった。

 場所は東京某所。約五年に渡り半径数十キロ程度といった極めて狭い範囲で起きた事件の総称である。


 中には自殺ではないかと思われるような、実に奇妙な状態で死体が見つかったことからこの名前がついた、とも。


 そして最後の犠牲となったのは、当時都内に在住していた若い女性――曰く、刑事としてこの事件を追っていた男の妻であったと。


 その名前は、篠宮 (かなえ)


 今目の前で静かに怒りを燃やしている男の、只一人の大切な人。



「――俺は、妻の無念を晴らしたい。仇を、討ちたい。その為なら金に糸目なんてつけるつもりもねぇ。俺が必ず犯人を見つける。だから頼む」



 榎本が語り終えた後、そう言って彼は頭を下げた。いや、そのまま地面に手をついて、低くした頭を更に低くした。



「俺にはない力がお前にはある。そして俺一人の力じゃ何も出来ないのも知ってる。俺がお前にしてやれる礼はこれしかない。けど、頼む」



 土下座の姿勢から、尚も篠宮は続ける。それほどまでに彼は必死なのだ。

 そんな彼を前に優人は考えを巡らす。良くも悪くも感情論で動かないのが優人の特徴でもある。


 五分か、十分か。そうしてようやく、場が動いた。



「……刑務所に行って、拘留中の男に会って話す。その情報を元に今度はあんたがその男と関係のある警察官を問い詰める。それでいいんだな?」


「――ああ、それで問題ない。やってくれるのか」


「僕があんたに協力するのはこれっきりだ。金輪際関わらないと約束するなら、一度だけなら手を貸してもいい。勿論報酬の百万は僕に寄越せ」



 その一言で、周囲に張り詰めた緊張が少しばかり緩んだ気がした。実にあっけない話だが、彼らにとってはこの数分間が永遠の時にも感じられる程だった。



「ま、上手いこと丸く収まってなによりっスよ。アタシはタキさんが断る方に賭けてたから意外な結果だとは思いますけどねぇ」


「うっせぇよ、エノ。それ以上に何か言ってみろ、本部にタレこんでお縄にしてもらうぞ」


「うひぃ、容赦ないっス」


「とはいえ、丸く収まったってのは同意だ。最悪、コイツの出番もあるかとヒヤヒヤしたがな」



 そう言って篠宮が懐が取り出したのは、長方形のペンシルサイズの機械――ボイスレコーダーだ。



「な――これまさか、今までの会話全部録音されてたのか?!」


「断られた時にコイツ出して脅すってのも手だったんだがよ、そこまで行かなくてよかったぜ。普通に突き出したんじゃ証拠不十分で釈放だが、本人の自白があるんじゃなあ?」


「残念っスねぇ、タキさん。これで貴方もアタシと同じ、この人に飼い殺される運命っスよ」


「物騒な事を言うな!……待て、アタシもってなんだ?あんた、ただの物好きなおっさんじゃないのか」



 まさかぁ、と榎本はひらひらと手を振った。



「何でも屋なんて吹聴しちゃいるが、コイツは言わば裏の商売人ってヤツだ。警察にはヤクザや犯罪者の情報を渡したりだとか、逆に裏社会の連中には潜伏先の紹介だとか、ヤクや銃の取引の仲介人なんてモンにも手を出してやがる」


「ちょいと昔、道中たまたまゲンさんに弱み握られて、今じゃ都合のいいペットっスよ〜。さあ、笑わば笑えっス」



 正直な所、笑えない。裏社会だの薬の取引なんて言葉、人生で目にするのはフィクションの世界だけだと思っていた。弱みを握られて飼い殺しとは言っているが、カラカラと笑う彼にとっては、それもまた楽しんでいるのだろうか。



「――楽しいっスよ。一度きりの人生、楽しまにゃ損じゃないっスか」



 口に出ずとも顔には出てしまっていたか、視線に気づいた榎本は急に神妙な顔になってそう呟く。

 楽しまなければ損、それは日々を無気力に過ごす自分を、そして復讐というただ一つの目的に向かってがむしゃらに突っ走る男に対する、揶揄のようにも聞こえた。


 その言葉が、少しだけ彼の心に棘を残していた。




「それじゃ、細かい事は後日メールに送っておく。それかもう一度訪ねてもいいんだがな」


「お邪魔しましたっスよ〜、煎餅ご馳走様っス」


「二度と来ないで欲しいからメールでいい。あと榎本は人のモンを食うな」



 会話をしていると時が過ぎるのは早いもので、既に二人を招き入れてから数時間が経っていた。話がまとまってからというもの、どうにも集中が切れてしまったようなのでこの日はお開きに、という事になったのだ。



「あそうだ、タキさん、これを」


「……?」



 そう言って榎本が手渡してきたのは、一枚の名刺だった。



「ウチの名刺ッスよ。これも何かの縁、困った事があったらご相談下さいっス。浮気の調査やら情報の横流し、麻薬シンジゲートとの橋渡しまでなんでもござれっス」


「あまり非合法な事に手ぇ延ばしてっと俺以外のサツが来るからな。程々にしとけよ」


「ういういーっス」



 出来れば世話になりたくない、危険な臭いしかしない名刺だった。



「さて、馬鹿な事やってないでさっさと帰んぞ。家主殿も心底煙たそうにしてるからな」


「煙たそうにしてるんじゃなくて本心から帰って欲しいと思ってるよ」


「おうおう、可愛くねえ奴だな。んじゃまた後日」


「ああ」



 そう言って背を向けると、何か思い出したように言葉を投げる。



「優人」


「……今度はなんだよ」



 一瞬、考える素振りをして、



「ありがとな」



 そう、確かに聞こえるように言った。短く告げられた礼に素直になれなくて、



「柄にも無い事言うと気持ち悪いぞ、あんた」


「……はっ、言って損した」



 おどけて言った言葉に、彼もまたそのままおどけ返したのだった。

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