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クラウスはアナスタシアの部屋から辞するとその足で、叔父である国王の元へ向かった。
普段であればいくら叔父とは言え、相手は国王である。きちんと前もって手続きを踏まなければいけないのだが、この時間は執務室にいるはずだと、彼は王の執務室を訪った。
突然の甥の訪問に王は驚いてはいたようだが、快く彼を執務室の隣にある応接室へ通す。自身もそろそろ休憩しようとしていたのだと、執務を中断させたことを詫びるクラウスに彼はそう笑って侍従が用意したお茶と菓子を勧めた。
「それで、どうしたんだ?」
互いに出されたお茶に口を付け、落ち着いたところで王はクラウスの訪問の理由を尋ねた。色々と優秀故に先の戦争で領土となった旧モルバタイト国の復興と治安の為に5年間、王領としたモルバタイト領に派遣され、領民の生活もある程度落ち着いたこともあり王宮から派遣された官吏たちに後を任せ、戻ってきた甥には随分と苦労させた自覚はあるので、叶えられる範囲ならば多少の我侭も叶えてやりたいと王は思っていた。
「陛下はフォルティナ・リモニウムをご存知で?」
「?あぁ、アナスタシアが懐いている近衛騎士だろう。リモニウム辺境伯の娘で先の戦での働きで今は第二部隊の福団長に就いているな。彼女がどうかしたのか?」
ここにはいないフォルティナのことを聞かれ、王は不思議に思いながらもそう返した。
「私と彼女との婚姻の許可を頂けないでしょうか」
「は?」
クラウスのその言葉に、為政者として常に感情を表に出さないようにしている筈の王はぽかんと目の前に座る甥を見返す。そんな王を気にすることなくクラウスは温くなった紅茶で口を湿らせると続けた。
「リモニウム辺境伯令嬢のフォルティナ・リモニウム嬢との婚姻の許可を頂きたいのです」
そんな王にクラウスは噛んで含めるようにもう一度同じ事を口にした。
「クラウス、いつの間にリモニウム嬢と交流を持ったのだ?」
甥の言葉に驚きはしたものの、すぐに落ち着きを取り戻し、まず気になったことを口にした。
「名前を知ったのはつい先ほどですね」
「・・・。まさか、一目惚れというやつか?」
それを聞いて王はどこか呆れたような色の声を出した。
「一目惚れ・・・。確かにそうかもしれません。ですが、私が彼女に初めて会ったのは今日ではなく、5年前です。あの時はお互い名乗ることもなく、終戦と戦後処理に追われ彼女のことを探すことが出来なかったのですが」
「以前、言っていた女性騎士が彼女だと言うのか?」
「ええ。黒髪の女性は珍しくありませんが、あの金のかかった紫暗の瞳は珍しいですから」
クラウスは間違いないとばかりに王に向かって断言した。そんな甥に王は唸る。
「お前がずっと気にかけていた女性が彼女だと言うなら、私は反対はしまいよ。公爵と辺境伯令嬢だと少し身分が離れている気がしないでもないが、彼女自身自分の功績で騎士伯としての位も持っているしのぉ」
「では、婚姻の許可を頂けますね?」
意気込んでくるクラウスに少々引き気味になりながら、王はそんな彼に待ったをかけた。
「お前の気持ちはわかったが、リモニウム嬢の気持ちはどうなんだ?聞いた限りではまともに話したのは今日が初めてなのだろう?」
王の言葉にクラウスはそうですね、と頷く。
「それに、いきなり婚姻ではなくまずは婚約だろうが。彼女もお前を好いているならどちらの許可も私は出すのは構わん。だが、まずは彼女と交流を深め、リモニウム嬢はもちろんだが、きちんとリモニウム辺境伯にも了承を得てこい。私の許可を得るよりもまずはそちらが先だろう」
「わかっております。でも、その間に彼女に変な男が付いたりしないかと心配なのですよ」
「はぁ・・・。心配なのはわかった。だが、当人の許可もなく婚約も婚姻も許可を出せるわけがないだろう。まして、これはお前が彼女に心寄せてるからであって政略結婚というわけでもない。リモニウム辺境伯には私からも口添えはしてやるから、まずはリモニウム嬢の了承を取り付けてこい」
言い募る甥にため息をつきながら、王はそう言い置くと政務に戻る為に席を立った。それを立ちあがってクラウスは見送る。
「まずは彼女に私を思い出して貰わなくてはならないかな?」
そう小さく呟き、クラウスも応接室を後にした。