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この日、いつも通り騎士の訓練場に差し入れをし終え、カンナは1人で帰るために歩いていた。本来なら侍女の1人も連れていなければならないのだが、今日は珍しく1人で来ていた為、寄り道することなく足早に馬車着けへ向かっていたところだった。
そんなカンナを前から来た女性たちの一団の1人が呼び止める。
「ちょっと、貴女!」
「なんでしょう?」
挨拶も無くいきなり呼び止められたことに対して内心では眉を顰めながらも、立ち止まれば、女性たちはカンナを取り囲んだ。
「他の騎士様たちを使って、クラウス様に取り入ろうとしてるんですって?」
カンナを囲む女性たちの中で一番位が高いと思われる令嬢が汚いものでも見るような目で彼女を見据えながら口を開いた。黙っていればそれなりに綺麗だろうと思われる令嬢はその瞳に憎悪と嫌悪を宿してカンナを睨みつける。
「誰も騎士様たちに取り入ってなどおりませんよ?それに私はデルフィニウス公爵様に興味はありません。私はフォル様に会いに来ているのですわ」
自分を取り囲んでいる女性たちを見回して、カンナはそう言い切った。
「そんな言葉信じられるわけが無いでしょう!」
「大体、騎士団に『フォル』と言う方はいらっしゃらないわ!」
「吐くならもう少しマシな嘘を吐いたらいかが?」
姦しく囀る女性たちにカンナはうんざりした様に息を吐く。
「嘘など吐いておりませんわ。私が会いに行っているのはフォルティナ様ですもの。『フォル』はフォルティナ様の愛称でしてよ」
そんなことも知らないのかとばかりに返すカンナに、彼女に言い募っていたうちの1人が手を上げる。
「そんなわけ無いでしょう!何で女性の愛称がそんな男みたいな呼び方なのよ!」
振り上げられた手に握られている扇がカンナへ振り下ろされる。
カンナは思わず目を閉じたが、来るはずの衝撃も痛みも来ないため、恐る恐る閉じた目を開けば、女性の腕を掴んでいるロイと目が合った。
「1人の女性を大人数で囲んで糾弾するなんて、どうかと思いますよ?」
そんなロイの隣にはカンナが彼女たちに絡まれる原因であるクラウスがいて、カンナに絡んできていた令嬢たちを冷ややかに見下ろしていた。
「ご、誤解ですわ!クラウス様!」
カンナに一番最初に声をかけてきた女性が慌てたように叫んで、クラウスの方へ身を寄せる。
「貴女は?私は貴女に名を呼ぶ許可を与えた覚えはありませんが」
気安く呼ぶなとはっきり告げられ、女性は先程とは違う意味で顔を赤く染めた。
「なっ・・・!み、皆様いきますわよ!」
言葉を失った女性は何とかそう搾り出すように言うと他の女性たちと共にその場から逃げるように離れる。
そんな彼女たちの背中にクラウスが追い討ちの様に声をかけた。
「そうそう、ティナの愛称が『フォル』なのは本当ですよ。まぁ、私は他の方々と同じなのは嫌なので、こちらで呼んでいますけどね・・・」
足を止めその言葉を聞いた女性は屈辱と怒りに頬を染め、キッとカンナを睨むと、その場を後にした。
「大丈夫だったか?お嬢さん」
どこか芝居懸かったように聞いてくるロイにくすくすと笑いながらカンナは頷く。
「ええ。素敵な騎士様が助けてくださいましたから」
そんな2人のやり取りに、クラウスはしみじみと呟く。
「貴女は本当に私に興味がないのですね」
「あら、全ての女性が貴方に興味があると思うなんて、傲慢ではございませんこと?」
どこか、楽しそうにすら聞こえる声に、カンナは澄まし顔を作って、そう返した。そんな彼女を面白そうに見下ろしながらクラウスは頷く。
「確かにその通りだ」
そう言ってクラウスも笑った。
「あ、フォル様!」
こちらへ向かってくるフォルティナに気付いたカンナは嬉しそうに声をあげると、彼女の方へ足早に向かった。
「こんにちは、カンナ様」
自分に駆け寄ってきたカンナに挨拶をしながら、フォルティナは内心で首を傾げる。
カンナが駆け寄ってくる前に見た、クラウスがカンナに向けていた笑顔を目にして、胸の辺りがチクリと痛んだ気がしたのだ。カンナが駆け寄ってきて、彼女とクラウスが2人きりだったのではなく、ロイも一緒にいることにすぐに気付いたし、その時には胸の痛みも無くなっていたが。
「どうか、『カンナ』とお呼びくださいとお願いしてるではありませんか」
フォルティナの挨拶に答えつつも、カンナが拗ねたように言う。
「でしたら、カンナも『フォル』と」
そんなカンナに苦笑しながら言えば、彼女は瞳を輝かせながら「いいんですか!?」と喜びの声を上げた。
カンナと話ながら、フォルティナはさっきの胸の痛みは気のせいだろうと結論付けた。
そんな二人の元にクラウスとロイも加わり、少し話をしたあと、ロイがカンナの事を送るというので、フォルティナを探していたと言うクラウスと共にフォルティナもその場を後にした。
後日、ロイからカンナが他の令嬢たちから標的にされているようだと聞いて、心配していたフォルティナだったが、カンナ自身はその事を気にしていないようだった。
そして、それから数日後、王家主催の夜会が予定通り開催された。




