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【08-04】

 僕たちが使った入り口は一般的な入り口ではなかった。俗にいう『V.I.P.』専用の入り口だ。なんでも僕たちを狙ったマスコミ関係者がいるかもしれないからその対策だそうだ。僕としては初めての体験で少しドキドキワクワクしていた。


 僕たちが奥に入るとそこには何度か見た事のある手荷物検査のための機械や金属探知機といった検査機器が置かれていた。僕たちはそこで一斉に検査を行う。本来は長蛇の列に並んでする検査もここではすぐに終わる。僕たちの他にも複数人の人影を見たがどの人も何らかの理由でここにいる人だ。僕はあまり彼らを見ないように努めた。


 一通りの検査が終わると僕たちはパフォーマンスとして一般の入り口からターミナルへと移るための準備に入った。

 といっても、特に何かをすることはない。ただただ一般の入り口から搭乗口までを歩くというだけ。その最中にもし誰かに話しかけられても過度な応対はしない。なにか聞かれてもコメントはしない。その二つだけを気を付けるように、とのことだった。


 搭乗時間まではまだ時間がある。当然だ。空港では余裕を持って待機しているぐらいがいい。

 搭乗開始時間の少し前までに搭乗口に移動するように時間を合わせると、まだまだ時間がある。そのことを仁科さんがうんざりといった様子でぼやいていた。僕は両親と海外に行くときに二時間は空港に早く着いた方がいいと聞かされていた。だから僕にとって空港で時間を潰すことは当然のことで何ら疑問は持っていない。

 僕は五人での話し合いが終わると、自身のデバイスで情報を漁ることにした。


 まずは掲示板。ここは学校外だ。当然、校内掲示板は閲覧できない。だから、僕は一般の匿名掲示板を閲覧していく。時折、黒川に指示を出して欲しい情報を得られるようにしているが、どうも無駄な情報が多い。


 今年の夏休みのイベントはどうやらレベルアップ加速イベントとレイドボス討伐イベントのようだ。他にもこまごまと書かれていたが大まかにはその二つだ。

 イベント期間中は経験値の獲得にボーナスが付き、レイドボスを倒すことで限定の装備やアイテムを落とすそうだ。これは専用のインベントリが個人に与えられ、MOBを倒すごとにそこに蓄えられるような仕組みになっている。

 それ以外にも、敵対MOBに期間限定のアイテムのドロップが実装されていて、そのアイテムを一定数集めると何やら景品と交換できると書かれていた。

 中には、告知されていない限定のクエストがあるのでは、という噂も出ていた。これはいつのイベントにも出ている様だ。半ば確認といった流れではあったが、実際に検証しようという人がいるぐらいには盛り上がりを見せていた。


 イベントとしてはありきたりなものに見えるが、ネットの盛り上がりは上々だ。

 すでに廃人プレイヤーの中にはレイドボスの限定装備を手に入れた者がいるようで、その装備のスペックに関して議論がされているスレもあった。

 実はこういったイベントで獲得できる装備には、公式大会で使用できないように制限が掛けられているものがある。その代わり、装備の性能は極上の物になっている。今回のスレをにぎわせている装備も最高難易度のレイドボスのドロップではないのだが、その性能は光るものがある。使い方によってはすごいのでは。なんて会話がされているのだった。

 バランスブレイカーというほどではなくとも、それに近い性能を持つ武器も過去三年とすこしの間のイベント報酬や公式大会の商品に登場している。今回のイベントも最高難易度のレイドボスのドロップはそれらに近いのではないかと予想されているみたいだ。


 僕としては参加できないだろうイベントだ。参加したいという気持ちがあると同時に、今の僕では戦力にならないと冷静に考えている自分がいた。

 いつかは、絶対に。と、決心した僕。その横から僕に声を掛ける人がいた。


「こんにちは」


 そう声を掛けてきたのは一人の若い男性だった。

 長身で眉にかかる程度に伸びた黒いストレートの髪を掻き上げている。その仕草は堂に入ったものでその立ち姿もどこか洗練されているように見えた。顔はイケメン。イケメンって言葉で表わせているかわからないけどイケメンだ。拓郎をイケメンだなと思っていたがこの人は次元が違う。声もどこか中性的な高さの声だ。もしかしたら歌手的な声を使う人なのかもしれない。なんて予想して、放棄した。そんなことが分かっても大して意味がないからね。


「こんにちは」


 相手が誰だかは分からなかったが、ここは空港の待合室。しかも、一般人は入れない場所のはずだ。相手に失礼のないように僕も挨拶を返した。

 そんな僕を見て、男性は満足したのか僕の隣の席を指さして言った。


「ここ、座っても?」

「はい。どうぞ」


 別に断る理由もなかったので、僕はそう返した。


 今僕が座っているのは三人掛けの長椅子の左端だ。矢澤コーチたち他三名もそれぞれが時間を潰していたので僕とは少し離れていた。仁科さんと村山さんは何やらテーブルを一台占拠して、資料を並べて話をしているのも見える。

 僕は気にしないように心掛け、手元のデバイスをのぞき込んだ。


 イベントの情報が多かったが、偶然僕のことが書かれたスレッドも見つけてしまった。一コメ、二コメに書かれているのは僕の概要。特に書かれてはおらず、会見で発表したことと大差ない情報量だった。

 内容も根も葉もない中傷が多いようにも感じたが、時折ある『正直なんも分からなくね?』というコメを見て、少し安堵する。適当なことを言ってるだけだ。と自身の言い聞かせた。


 僕の一人芝居のような内心が百面相として表に出ていたのか、僕の隣から「くすっ」と笑い声が聞こえてきた。僕の隣に座ているのは先程の男性のみ。とすれば……


 僕は恐る恐るといった様子で横を向く。

 しかし、そこには本を広げて真面目な顔で読書をしているさっきの男性しかいなかった。この人以外にあり得ないと頭では思っていても、目の前の男性の様子からは笑っていたことを想像できなかった。

 僕は内心で首を傾げながら、再び手元のデバイスに視線を落とした。




-------




 結構な時間待っていたと思う。隣にいた男性もいつの間にかいなくなっていた。

 僕も掲示板はあらかた読み終え、いい機会だと思い世間のニュースを読み漁っていた。

 数か月前までテレビでよく見ていた女優が不倫をしていた、だとか。今話題のお笑い芸人が大物歌手と結婚、だとか。そんなエンタメ情報から、政治的な情報まで浅く調べてみた。

 政治に関しては分からないこともあったけど、暇潰しにはなった。


 僕は凝り固まった肩をほぐすために肩甲骨を寄せて肩を回した。


「んー」


 つい声に出てしまったが、だいぶ固まっていたようだ。僕はついでに上がった視線の先で菊池さんが空港のスタッフらしき制服を着た人と会話しているのを見つけた。その様子は、世間話をしているようではなかった。手元のデバイスで時間を確認するとすでに一時間ほどたっていたみたいだ。

 そろそろかな。と、予想した僕はデバイスをポケットに入れて、いつでもいけるように準備を始めた。荷物を広げていたわけではないから、トイレに行くぐらいしかないが。


 待合室の奥にあるトイレを目指して席を立った。

 すると、矢沢コーチが僕を呼んだ。


「堤君」

「はい? なんでしょう?」

「そろそろ時間だろうからこれに着替えてきて」


 そう言って矢沢コーチは僕に袋を渡してきた。それもかなり大きい。着替えてってことは服が入っているんだろうけど。コートでも入っているんだろうか。大丈夫かな。


「分かりました。着替えてきます」


 僕はその袋を受け取ってトイレへ向かう。

 トイレまで歩く間に待合室を見渡すと、僕が来た時と顔ぶれが少し変わっていた。だが、僕にとってはどうでもいいことだ。そのことはすぐに僕の頭から消えていた。

 トイレに入った僕は、空いた個室を見つけてその中に入る。

 袋の中身はスーツだった。黒いスーツ菊池さんや仁科さんたちが来ていたものと同じ黒いスーツだ。スーツなんて来たことのなかった僕はブレザーとの違いに新鮮な感覚を覚えながらスーツに着替えた。ワイシャツとズボン、そしてスーツ。あとは靴下。くるぶしまでの靴下を履いていたけど、袋の中にあるってことは履き替えた方がいいってことだろうから履き替えた。


 トイレから出ると、矢澤コーチに呼ばれる。


「うん。いい感じだ。着替えた制服はその袋に入れてスーツケースにしまってしまうといい。それと、これ」


 何やら小箱を渡される。


「中身は片耳用のイヤホンになっている。君の持つデバイスと連動出来るようになっているからしておいて。ライトラインだけど、わかるよね?」

「はい」

「じゃあ、そろそろ時間だから準備しておいて」


 僕の予想は正しかったようで、もうそろそろ飛行機の搭乗準備ができるそうだ。僕は自身の持ち物を今一度確認して出発に備えた。

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