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【07-06】夕食会前

 模擬戦後、簡単な反省をした僕は夕食会に参加するために食堂を目指して歩いていた。


 「準備が必要って言ってたけど……」


 僕は今一人でエレベーターに乗っていた。反省が終わった後、矢澤コーチは訓練室の後片付けのためにそこに残り、カズさんと美樹さんは夕食の準備をするといって上へ向かうエレベーターに乗って行ってしまった。結果僕は一人で食堂に向かっているのだ。

 エレベーターが到着の合図を鳴らす。数秒後に開かれたドアからエントランスを見渡すと朝以上の人の渦ができていた。昨日この施設に入ったときは広く感じたこのエントランスも今では狭く感じる。壁際に置かれているはずのテーブルなんかは当然見えず食堂の扉も上の方しか見えない。

 あまりの人の多さに呆けてしまった僕はエントランスの方から何やら凝視されているのに気づく。それも一人ではなく複数だ。僕は突然の事態の連続で思考を停止したまま、とりあえず食堂に向かって歩き出そうとした。


 一歩。ほんの少しだけ足を上げて前に出すと、それに呼応するようにエントランスにいる人達にある動きが広まった。僕はそれが視界に入り再び足を止める。すると、その新しくできた人の波も動きを止めた。僕は気のせいかと思い一思いにエレベーターを降りようとする。そして丁度エレベーターの外に足が出たところで両脇からドアが迫ってきた。迫りくるドアに僕はさっきの模擬戦を思い出し、挟まれる。


 「うぐっ」


 僕の変な呻きを聞いたドアは仕方ねえなと再びドアを開けた。ドアに挟まれたことに気づき、エントランスの方から視線を感じて恥ずかしさを感じた僕は速足気味に食堂への最短距離進みだした。それに遅れて僕を囲うように何人かの人が僕の前に立ちふさがろうとする。僕は羞恥により冴えわたる集中力からその人達の手にマイクのような何かが握られているのを傍目に確認した。


 「ちょっといいかな!」

 「聞きたいことがあるんだけど!」


 僕に向かって掛けられる取材の声。僕の冴えわたる洞察力で彼らがテレビや新聞の記者であることは既知の事。僕はティッシュやチラシを配る人に対して「いらないです」と示すときのように手の平を彼らに向けながら速足で人を交わしながら食堂へと急いだ。


 「あ! ちょっと!」

 「君!」

 「待って!」


 すぐ近くから新たに僕を引き留める声が聞こえてくるが僕はそれをあたかも聞こえなかったという態度で無視する。

 嵐のような「待った」の荒波を潜り抜け、ようやく食堂への扉の前に着く。僕は扉を少しだけ開けて体を通した。僕は食堂への潜入に成功したのだ。




-------




 食堂に入り扉に背を向けた形で息を吐きだして冷静になった。流石に無視したのはまずかっただろうか。僕はそんなことを考えながら食堂を見渡した。今日の昼まではちょっと高そうな普通の食堂だった室内がいつの間にかどこぞのホテルのビュッフェ会場のようになっていた。


 「へ?」


 冷静になった脳が再び思考を止める。そして見覚えのあるものを見つけて思考を再開した。右手前側にある壁際には料理を受け取る為のカウンターだった場所にドリンクの入ったコップがいくつも並んで置いてある。その反対側の左側には今日の昼に座っていた椅子たちが並べられていた。そこにはすでに何人かの女性が座っていて近くに座る他の女性と話していたり、近くに立つ男性と話したりしていた。その誰もが正装をしていて特に女性方の服装はドレスといってもいい物のように見えた。


 僕は落ち着いてドアの前から歩き始めとりあえず僕の他の生徒を探した。しかし、見つからない。食堂にいる人はどの人も正装をしていてオーラのような何かを持っているような雰囲気を醸し出していそうな人ばかりだ。僕は落ち着いた足並みを意識して歩くというあまり経験のない状態である男性がこちらに歩いてくるのに気づいた。


 「堤さん、だよね?」


 その男性は僕の方へと速足で近づき僕の名前を呼んだ。


 「あ、はい。堤です」

 「よかった。君を探していたんだ。とりあえずこっちに来てもらえるかな」


 そう言われて僕は男の人の後に付いて行く。この男性もスーツを着て正装をしているがこの食堂にいるほとんどが来ているような高いそれではないように見える。カウンターの前を通って食堂の奥へ行くと両開きの扉があった。その扉から何やら料理の乗ったワゴンが出たり入ったりしている。料理を運ぶための通路みたいだ。男性はそこへ何の迷いもなく歩いて行きドアをくぐる。僕も続いて食堂から出るとそこは通路になっていて右に伸びた通路の先にはどこぞの映画やテレビで見たことのある厨房の光景がちらりと見えた。男性は通路の正面に見えるドアの前に行きノックした。


 「大久保です」

 「どうぞ」


 部屋の中か声が聞こえた。大久保と名乗った男性のノックに返答があると男性は「失礼します」と言って中に入っていく。僕は開いた扉の隙間から中を伺いながら軽く俯きながら「失礼します」と言って中に入った。

 中はそれは高そうな家具の置かれた広めの部屋になっていた。壁紙もこの合宿施設で見たことのないような落ち着いた色になっていて置かれているソファーも高そうな黒革のふかふかそうなものだった。中央に置かれた大きな四角い木目調のテーブルを囲うようにソファーが置かれていて壁にはすでに見慣れたドリンクディスペンサーが置かれていた。


 「お連れしました。堤選手です」

 「ご苦労様」


 部屋の中にいた三鴨さんが大久保と呼ばれた男性に言った。大久保さんは軽く頭を下げて部屋から出ていった。扉の前にポツンと一人立ちすくむ僕。部屋には三鴨さん以外に一人の男性と一人の女性がいた。僕は右斜め前に置かれたソファーに座る人たちを見た。

 一人は三鴨さん。僕が入ってきた扉のある壁を正面に向くように置かれたソファーに座っている。そして、三鴨さんの座るソファーの後ろに短髪の白のシャツと黒のスーツを着た女性が立っていた。

 もう一人の男性は今朝テレビに映っていた置田選手だった。腰深くに座り背筋を伸ばした彼は僕の方に視線を向けて三鴨さんに問うた。その顔は真剣そのもので少し怖い。筋肉質というわけではないが肩幅の広い体も相まってなんか雰囲気が出てる。髪は短めの黒。燕尾服のような尖ったゴージとピョンと先だけ折れているシャツに蝶ネクタイをしている。


 「彼が?」

 「ええ。矢澤コーチの一押しでね」

 「そうですか」


 二人に視線を向けられた僕はどうしたらいいのかわからず会釈をしておいた。


 「ああ、堤君も座って」


 三鴨さんが僕に向かって席を進めた。三鴨さんは手で正面のソファーを指す。僕は「はい」と言ってソファーの前に行き座ろうとしたところで思い立つ。受験の面接のときは確か「失礼します」と言わないといけなかった。僕は三鴨さんの方に顔を向けて「失礼します」と言って座った。緊張も相まってこれでよかったのかわからなくて不安だ。


 「あとは剛田君だね」


 僕がソファーに座ったのを見た三鴨さんはそう言って時計を確認した。僕はそれを見ながらも口を開かずジッとしていた。


 「堤君、でいいですか?」


 僕が蛇に睨まれたカエルのように固まっていると隣から置田選手が声を掛けてきた。


 「はい。堤瑠太です。よろしくお願いします」

 「こちらこそよろしく。確かここの生徒なんだよね?」

 「はい」


 置田さんは話してみると優しい口調のおかげか、先程までの怖い印象が薄れていく。


 「学年は?」

 「一年です」

 「一年? それはすごいね」


 僕は置田さんに聞かれたことに答えていく、というか、答えると新たに問われ、また答えるの繰り返しになっていた。考えるフリをして三鴨さんをチラリと見ると手に持った携帯デバイスを操作していて僕たちの話を聞いていなかった。


 「ん? 今年一年だとすればキャラを作ってからまだ半年ぐらいしかたってないの?」

 「はい。そうなります」

 「んー。どんなプレイをしているか教えてもらっても?」


 置田さんは僕のプレイスタイルや装備、将来的にどんな役割ロールをしようと考えているかなどゲームに関して聞いてくる。余りに踏み込んだ質問に、僕自身不鮮明な部分もあってしどろもどろしながら答えたが、一番を多かった答えは「分かりません」だったと思う。


 「そっか。まあ、まだ初めて一年であればそんなところか」


 置田さんは聞きたいことを聞き終えたのかそう言って顎に手を当てる。僕はいい機会だと思い自身のプレイに対して助言を請おうと口を開く。


 「置田さ――」


 僕のちょっと出した勇気を込めたお願いは僕の左後ろにあるドアから聞こえたノックの音に遮られた。僕は音の聞こえた方へと首を回す。コンコンとドアが鳴った後に声が聞こえてくる。


 「大久保です。剛田をお連れしました」


 僕を連れてきてくれた大久保さんとカズさんのようだ。


 「ようやくか。どうぞ!」


 三鴨さんが手に持っていた携帯デバイスから顔を上げて大きめな声でドアの向こうに言う。ドアの開く音と共に「失礼します」という声が聞こえる。僕は頭だけ向けるのも良くないのかと思い軽く腰を上げてドアの方へ向き直す。


 「遅れて申し訳ありません」


 そう言ってカズさんが入ってきた。その後ろでは大久保さんが既にドアを閉めようとしている。


 「待ってました。さあ、座って」


 三鴨さんはそう言って空いた僕の左側のソファーを指した。カラッカラッとカズさんの歩く音が僕の耳まで届く。カズさんは着物を着ていたのだ。袴は履いていないが黒の着物の上に灰色の羽織を着ている。その姿には初対面の時に感じた穏やかそうな雰囲気はなく締った雰囲気を醸し出していた。ふくよかだった体型も今では風格を出すためのエッセンスのように思えてくる。それぐらい似合っていた。

 着物にしわが付かないようにだろうか、女子がよく座るときにしているような動作をしてソファーに座ったカズさん。よく見えないが来ている着物にも何か柄がついているようだった。


 「これでそろったね」


 カズさんが座ったのを確認した三鴨さんがそう言って僕たち三人を見渡す。そして背もたれに着けていた背を前に倒した。それにつられるように僕も背筋を伸ばす。


 「では、これからこの後の打ち合わせを行います。三人には夕食会の前にちょっとしたスピーチをしてもらうことになっています」


 突然の知らせ。なにも知らされていなかった僕は当然のように驚く。そんな僕を正面から見た三鴨さんがちょっと笑って僕に言った。


 「堤君は今年から強化選手として参加した事の報告だからそこまで緊張することないと思うよ」


 三鴨さんは僕に対してそう言ったが、僕としては緊張が和らぐことは一切なかった。


 「置田選手と剛田選手にはチームの代表として一言ずつお願いします。それと今年のチームリーダーは置田選手にお願いすることにしました。置田選手はチームリーダーとして紹介します。それを踏まえたスピーチをお願いします」


 今年のチームリーダーは置田選手だそうだ。僕は少しだけ早く知らされた大ニュースを聞き漏らしながらも頷いておく。


 「それと、夕食会の途中で記者向けの会見をします。三人ともそれに出てもらいますのでよろしくお願いします」


 僕に関してはもう終わったのかな、と油断していたところに告げられた緊急事態。聞き漏らさなかった僕はつい聞き返してしまった。


 「えっ?」





 

 

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