【07-05】不足
迫りくる二本の刃。僕はそれを受けながすように尻尾を操作する。右から迫る肩口への一撃を二本の蛇で真下へと受け流し、続く左の刃を横へと受け流しながら一歩下がる。延々と続きそうな攻防、いや防戦を僕は機械のようにこなしていく。ただひたすらに攻撃を往なし続ける。そして、僕の集中が途切れる。
それはほんの僅かな空白だった。僕の思考に一瞬雑念が混ざる。刹那に途切れる集中の間を縫うように迫る横薙ぎ一撃。僕の移動速度ではすでに躱すことのできない手遅れの一撃。それを見た僕は自身の敗北を悟った。
〔お疲れ様です。そろそろいい時間なんで今日はここまでにします。ログアウトしてください〕
僕の敗北で模擬戦が終わると、矢澤コーチからのアナウンスが聞こえた。それを聞いてカズさんは剣を収める。
「ここまでか。じゃあ、瑠太君。また向こうで」
そう言ってカズさんのキャラクターが消えた。それを見て僕は一息つく。やっと落ち着くことができたのだ。
『カズさん』こと剛田和道選手との模擬戦はすでに何度負けたのかわからないほどの連敗という結果になっている。一度も勝てていない。ただ戦闘自体は長く続くようになった。カズさんとの戦闘で僕の戦闘経験が急激に底上げされたことで攻撃を防ぐことができるようになったからだ。相変わらず戦闘といっていいのか分からない状況ではあるがこの進歩を実感できていることがとても嬉しかったりする。
僕はカズさんの後を追うようにメニューを操作しようとして尻尾たちの元気がないことに気づいた。いつもは遠慮なく絡めてくる蛇の胴体も体に絡まっている感じがしない。僕は「ありがとう」と小さく呟いてから次はもっと頑張ろうと気持ちを入れ替えてログアウトした。
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意識が戻るという慣れ親しんだ感覚を感じて僕は目を開く。頭に装着しているデバイスを外し座席の横に掛けてから席を立った。
「お疲れ様。とりあえず座っててね」
僕に気づいた矢澤コーチがモニターを見たまま僕に言う。僕はソファーの方に歩いて行き、先と同じようにカズさんと美樹さんと向き合う形で座った。
「お疲れ様」
美樹さんが僕に言って僕のコップを僕に渡してきた。カズさんも手にコップを持って何かを飲んでいる。
「ありがとうございます」
僕はお礼を言ってそのコップを受け取った。中には少しのオレンジジュースが残っていた。僕はそれを飲み干して吐息を漏らした。
「ふふ」
僕がコップをテーブルに下ろす美樹さんの笑った声が聞こえた。そちらを見てみると美樹さんが口元を手で隠しながら笑みを浮かべていた。
「いや、ごめんね」
「別に気にしてないですけど……」
美樹さんに謝られた僕はなぜ笑われたのかが分からないのでこう言うしかなかった。
「瑠太君。今日、僕と戦ってみてどうだった?」
美樹さんの隣に座っていたカズさんが飲み終えたコップをテーブルに置いてから僕に聞いてきた。柔らかい声で聴かれた僕がカズさんの顔を見ると昨日から何度も見た優しそうな顔のようにみえて真剣なものだった。
僕は口を詰まらせながらも今日感じたことを素直に話した。
「一番感じたことは実力の差です」
「そうだね。僕とレベルが同じであっても瑠太君と僕の実力は天と地ほどのものがある。僕だって伊達に世界屈指と呼ばれていないからね。他には?」
「他ですか……個人的なことですが、今の僕の戦闘スタイルは限界に近いのかなとは思いました」
今の僕の戦闘スタイルは簡単に言えば手数で押す、物量作戦だ。僕の持つ六本の尻尾で敵が対処できない数の攻撃を同時に当てるだけ。それだけだ。
しかし、これは欠点だらけだ。例えば、『力』。ここで言う『力』とは僕のステータスで言うSTRのことだ。僕のキャラクターの強みは手数が多いこと。だがそれを得るために僕は機動力を失っている。そして、機動力を対価にして得た尻尾たちも一匹一匹の強さが際立つようなものではない。実際に、僕はホーンブルとの戦闘でホーンブルの攻撃を受け止めることができずに即死している。また、一対一であれば機能したとしても多対一になると一気に不利になるということ。一撃で敵を倒すほどの力がないために一体ずつ倒すことが困難なのだ。敵が三体以上になればもはやアドバンテージはなくなりこちらの不利な状況へと変わってしまう。
しかし、これについては以前から知っていたことだし、自分が強くなることである程度のカバーもできていた。現にゴブリンやコボルト相手に多対一の戦闘をこなせるようになっている。
そして、もう一つ。今日の模擬戦で嫌というほど感じた事だが、僕の尻尾たちは切断系の攻撃に弱い。〔再生〕スキルがあることもあって致命的というわけではないが、カズさんのような手数の多い相手だと〔再生〕が間に合わないことが今日分かった。簡単な解決方法に心当たりがないわけではないが、今の僕にとっては大きな欠点と言えるだろう。
「そうだね。今日の瑠太君の戦闘を見る限りだと君が僕のように選手として活躍するのは難しいだろうね」
「はい……」
僕が言ったことだが正面から改めて言われると、こう、来るものがある。僕は俯いてしまう。
「そんなにダメだったの?」
隣で聞いていた美樹さんがカズさんの方を向いて聞く。
「うん。そこら辺のプレイヤーなら別にいいんだけどね。選手になるならね」
「見ている限りではそこそこ出来る、って感じだと思っていたよ」
カズさんの説明に美樹さんが頷いている。そして僕は少し戸惑っていた。
今のカズさんの言葉を信じるのであれば、僕の実力は一般的なプレイヤーとしては合格しているようなのだ。僕としては本格的に選手を目指すかどうか決めていない。そんな僕からすれば今の一言は嬉しいものだった。
「だから瑠太君がもっと上に行くためには変革が必要なんだよ」
「変革か」
「そう。瑠太君の場合は、防御に力を――」
僕の内心を置き去りにしてカズさんと美樹さんの話はさらに進んでいた。置き去りにされた僕がなんとか話の内容を掴もうとしているとタイミングよく矢澤コーチが戻ってきた。僕の隣に座った矢澤コーチはタブレットをテーブルの上に置いてから話し始めた。
「お待たせしました。今日はこれで終わりです。時間も、後に二十分ぐらいで七時なので簡単に反省をします」
僕は軽く背筋を伸ばして居住まいを正した。
「まず、カズさん。カズさんには言うことありません。去年のデータと比べても大体同じです。強いて言えば同じことが問題でしょうか。明日からの模擬戦で調子を上げていきましょう」
「わかりました」
カズさんは頷いて答えた。それを見て矢澤コーチも頷く。そして、僕の方を見た。
「次は、瑠太君です。瑠太君に関しては順調に上達しているなといった感じですね。レベルが同じとはいってもカズさんの動きに付いて行くことができているのは評価できるポイントです。問題としては、防御ばかりで攻撃ができていないというところでしょうか。攻撃が一切できていないというわけではありませんが現状意味をなしていない単発の攻撃ばかりです。要改善ですね」
「はい」
僕は矢澤コーチの言を正面から受け入れる。さっきカズさんに正面から言われていたので気落ちせずに済んだ。
「あれ、あまり落ち込んでませんね」
矢澤コーチがなぜか意外そうな顔をした。
「さっきカズさんにも同じことを言われたんで」
僕が言うとカズさんが補足した。
「うん。変革が必要だって話をしたんだよ」
「変革ですか? まあ、そういうことかもしれませんね」
矢澤コーチは首を傾げているが僕は頷いておいた。要は僕のへなちょこな攻撃をどうにかしないといけないというわけだ。といっても、今の僕にはいい考えが何も浮かんでこない。
さて、どうしたもんか。




