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【07-03】模擬戦

 僕たちが入った合宿所四階にある一室は、僕がここ最近使って言う訓練施設の訓練室をより豪華にしたような部屋だった。

 部屋に入ってまず目に留まったのが設置型のヘッドマウントデバイスVRルームに置かれていたものと同じものだろうか。普段使っていたものとは形が違う。

 他にも、モニターやパソコンが置かれていてソファーやドリンクが置かれた棚も見受けられた。


 矢澤コーチは部屋に入ってすぐの所に置かれていたソファーの方に向かい、剛田夫妻に席を促す。


 「どうぞ」


 剛田夫妻がソファーに座り、僕も空いている場所に座ることになった。矢澤コーチは僕たちに席を進めた足で部屋に置かれていたドリンクディスペンサーの下まで行き、僕たちの方に振り返った。


 「なにか飲みますか?」


 その言葉を聞いて剛田夫妻が答えていく。


 「僕はジュースを」

 「私はコーヒー」


 二人の後に続いて僕は何か答えようと思い、留まる。よく考えれば、コーチである矢澤さんが強化選手の僕の飲み物を用意するのはどうなんだろう。流石に僕も手伝った方がいいのでは。そう考えた僕は、「あ、僕も手伝います」と言って席を立ち上がろうとする。

 しかし、この行動は横から止められることになった。


 「矢澤さんに任せておけばいいよ」


 カズさんが僕に向かって手を伸ばし、奥の行動を止めたのだ。


 「ん? そうだね。気にせず答えてくれていいよ。瑠太君は何がいい?」


 カズさんと矢澤コーチ本人に言われて、僕は少し恐縮しながらも答えることにした。僕は軽く腰を浮かして矢澤コーチの方を向き、言った。


 「じゃあ、僕も何かジュースをお願いします」

 「了解。じゃあ、待っててね」


 僕は腰を落としてソファーに座り直した。


 「瑠太くん」


 僕に向かって美樹さんが話す。


 「今の瑠太君の行動は褒められる行動だと思うよ。自分よりも年配で近しくない人に給仕をさせるというのもよくないからね。でもね、今はそうじゃないんだ。今、君と和道は今選手としてこの場にいるんだ。だから今は矢澤さんの手伝いをしなくてもいいんだよ。まあ、するのが悪いってわけじゃないんだけどね。でも、今後、君が選手になるのであればこういう考え方も持っておかないとね。その立場に立った行動っていうのをね」


 そう言って矢澤コーチの方をちらりと見る美樹さん。僕は頷いて答えた。

 正直な話、立場による行動なんてのは分からない。それに、いくら選手だからって手伝うことぐらい当たり前の事なんじゃないかと今でも思う。でも、美樹さんやカズさんは僕よりも長くこの世界にいる人だし、社会人としての経験もある。そんな人の言葉なら信じて頷いた方がいいだろう。


 「はい」


 矢澤コーチがトレーにドリンクを目の前のテーブル乗せて戻ってきた。それぞれの前に飲み物の入った紙コップを置いて行き、最後に自分の前において座った。

 僕はそれを手に取り、他の人が飲んだのを横目で確認した後、自分も口を付けた。オレンジジュースだった。


 「ふう。では、今日やってもらうことを話しますね」


 飲み物を飲んで一息ついた矢澤さんは、あからさまに息を吐いた後、僕たちにそう告げた。


 「今日は、昨日言った通り、模擬戦を行ってもらいます」


 そう言ってテーブルの端に置かれた充電器らしきものに立てかけられていたタブレット型端末を手に取り、何やら操作する。

 操作が終わったらしいタブレットを僕たちに見せるようにテーブルの上に置いてから矢澤コーチは続けた。


 「ここにあるのは合宿の大まかなスケジュールです。帰還は十日。場合によっては時間加速を使っていきます。最初の七日は選手に合わせた訓練を。そして、残りの三日で全体での調整を兼ねた訓練を行ってもらいます」


 矢澤コーチがカズさんの方を向いて確認の視線を向けた。


 「この七日っていうのは、瑠太君との模擬戦ということ?」

 「そうですね。主にという感じですか。場合によっては他の人との模擬戦だったり他の事だったりをしてもらいます。現状、あなたと同等の実力を持つ人はいないのでこういう形になってしまいます」

 「そんなことないと思うんだけどな」


 真剣な顔で言った矢澤コーチにカズさんは苦笑して答えた。


 「単体の総合力で考えるとダントツですよ」


 矢澤コーチはそう言ってから話を続けた。

 とりあえず今日から僕はカズさんと模擬戦を続けることになるようだ。ステージや状況を変えて行うことになるらしい。今日の模擬戦の感じ次第では、僕の味方にAIを入れてバランスの調整をすることも考えているそうだ。

 僕としては、僕の力ではカズさんと渡り合うことができないことが前提になっているようで安心した。


 その後、矢澤コーチは話が終わると早速僕たちにVR接続するように促した。昼まで大体一時間から一時間三十分ほどある。その時間でとりあえず僕の実力を見極めるそうだ。僕は若干死んだような目をしているような感覚を覚えながら接続の準備をした。


 「では、接続してください。最初は何もない荒野です。合図はこちらでするので。では、どうぞ」


 僕は接続を始めた。そして次の瞬間には荒野に立っていた。サーバーの選択はない様だ。僕の頬を音がつつき、そんなオンをなでようとした僕の右腕にルーが巻き付いてきた。身に着けている外套の下では他の尻尾たちが巻き付いているのが分かる。


 荒野に突っ立っている僕の前に光が集まり出して、一つの形を作る。

 現れたのは見てわかる程度にお腹の出た青年と中年の間ぐらいの男性。現実とほとんど同じ姿のカズさんが現れた。現実と違う点は耳と尻尾が付いている事と物々しい恰好をしている事だが……。


 「おお。昨日も見たけどその尻尾はすごいね」


 カズさんが少し頬を引きつらせて僕に言った。

 この姿でNPC以外と話したのは拓郎と勇人と智也で参加したイベント以来のことだ。傍から見れば、今の僕の姿は右手に蛇を巻き付け頬を蛇に突かれている男の子だ。現実リアルで同じことがあれば間違いなくテンパっていることだろう。

 僕は苦笑しながら口を開いた。


 「そうですね……今日から模擬戦、よろしくお願いします。精一杯やらせていただきます」


 言い終わると同時に頭を下げた。


 「うん。よろしくね」


 〈接続を確認しました。早速始めましょう。制限はなし。相手がデスするまでのデスマッチでいきます〉


 僕はその音声を聞いて頷く。カズさんも頷いて腰に着いていた剣を抜いた。双剣というやつだろう。両刃のショートソード、二本だ。それを僕の方に向けた。それを見て、僕は腰を下げ重心を深くとる。


 〈準備はよさそうですね。では、はじめ〉


 矢澤コーチの開始の合図で僕の記念すべき模擬戦一戦目が始まった。




-------




 最初の模擬戦が始まってらから一時間余り。模擬戦を行った数も二十を超えた辺りで数えるのをやめた。歯が立たなすぎるでござる。カズさんの実力は僕の口調がつい変わってしまうほどだった。

 最初の一戦。せめて最初だけは対等に戦えるようにと気合を入れた一合目。カズさんが僕に向かって走り出す動きを僕の目が捉えた。次の瞬間、カズさんが僕の目の前に現れ、僕はすでにカズさんの間合いの中だった。そして、振るわれる一対の剣。それを防ごうと僕の限界速度を超えて動く尻尾たち。一本では足りないと刹那的に判断した僕の思考が反映されたのか防御に回った尻尾の数は六本、全部。それと同時に反射的に攻撃を避けようと重心を崩しながらも後ろに下がった僕の胴体は一瞬のうちに上下真っ二つにされていた。


 これが僕とトッププレイヤーとの実力の差。あまりにも大きすぎる差だった。


 復活した僕が落ち込みそうになる前に掛けられる矢澤コーチの声。それは次の模擬戦の開始合図だった。そこから、エンドレスで続いた僕の模擬戦は負け続き。そして、今僕は真っ二つにされた。この一時間での僕の成長は思考速度が少し上がって、真っ二つにされた後、自身の胴体を見ながらこんなくだらないことを考えられるようになったことだけだった。


 復活する僕。そして、臨戦態勢に入る。次こそはせめて。せめて一撃を入れたい。防御はすでに捨てた僕の今の目標は背水の陣による捨て身攻撃の成功。今のところ成功率はゼロだ。僕の臨戦態勢を見て微笑むカズさん。そして、矢澤コーチの声が聞こえてきた。


 〈よさそうですね。では、とりあえず一回ログアウトしてください。お昼にしましょう〉


 告げられて数秒。カズさんが剣を収めたのを見てようやく意味を理解した。カズさんとの戦闘で引き延ばされたように感じていた時間が一気に鈍足化する。


 「じゃあ、向こうで」


 カズさんが光の粒子になって拡散する。ログアウトだ。僕はそれに続くようにログアウトした。

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