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【06-10】剛田和道(合宿前日⑦)

 僕たちがログアウトしてVR接続を終えた後に待っていたのは、ログイン前の倍ほどの人であった。僕たちだけでなく他の組の寮長たちがした仕事の結果をまとめている人。僕たちがさっきまでしていた仕事の結果をまとめている人。すでに自身の割り振られた仕事は終わったのか、僕たちの戦いを見た感想を言い合っている人。まとまりがなく、僕は誰に声を掛ければいいのかわからなかったので、気になっていたことを確認する。


 僕が気になっていたこと。それは、明らかにチームスタッフでないであろう人が二人、モニターの前で談笑するスタッフたちに混ざっていることだ。

 一人は男性。メタボというわけではなくふくよかでまん丸とした体で背もさほど高くない男だ。僕から見えるその顔からは優しそうで気弱な印象を受ける。

 もう一人は女性。スレンダーなスタイルのモデル体型で日本人離れした一種の美しさがある。その顔は気の強そうな顔に見えた。


 確か男性の名前は、剛田ゴウダ和道カズミチ。女性の名前は、剛田ゴウダ美樹ミキだったはずだ。

 彼ら夫妻は、日本どころか世界中で名が知れている人物だ。


 僕は急な有名人の登場にいつも以上に周りを気にするように周囲を見渡し先輩たちの行動を待とうとしていると、近くにいた智也も同じように先輩の方に視線を向けているのが見えた。

 その視線の先にいるイットク先輩に佐伯先輩が近づいているのが見えたので僕もそれに習うことにした。

 僕たち三人がイットク先輩の下に集まるとようやく僕たちに気が付いたのか宮崎さんが僕たちの方に近づいてきた。


 「お疲れ様です。貴方たちのおかげで無事データを取ることができました。ですので、貴方たちの仕事はここで終わりになります」

 

 僕たちにそう言った宮崎さんは手に持った紙を見ながら続けた。


 「この後の予定は夕食会だけなのでそれまでは自由行動です。準備は順調に進んでいるので夕食会は十九時からになると思います。場所は昼食を食べた時の食堂です。全員参加しますよね?」


 宮崎さんは顔を上げて僕たちに聞いてきた。それと同時に胸ポケットに刺さっていたペンを右手に持った。それから何かに気づいたような表情になって付け足した。


 「ああ、そうだ。堤君は強制参加なので拒否できません」


 僕は強制参加だったみたいだ。元から参加するつもりだったからいいけど。

 これは予想だけど、まだ会っていない日本チームのコーチやスタッフの人との顔合わせを夕食会のついでにするんだと思う。明日でもいいように思えるけど明日は明日で他の選手の人たちとも挨拶しないといけなくなる。だから今日のうちにコーチ陣を挨拶しておけば明日楽になるという寸法だ。うん。ありそう。


 「分かりました」


 僕は宮崎さんに了承の返事をする。その後、先輩たちも智也も夕食会に参加することを告げて、一旦の解散になった。次は十九時に一回の食堂だ。僕はそれまでの間どうしようか頭を働かせる。イットク先輩たちはどうするんだろうか。先輩たちは去年の合宿準備にも参加していたはずだから去年も同じような状態になっているはずだ。

 僕がそれを先輩たちに聞いてみようと思ったところ僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 「堤君。ちょっと」


 僕が声を聞こえてきた方向を向いてみるとそこには矢澤コーチがいた。僕の方を見て手招きする矢澤コーチの周りには何人かのスタッフと剛田さん夫妻がいた。


 僕は矢澤コーチの方に歩いて行こうとして思い止まる。もう自由時間になっている。矢澤コーチとの話がどれだけ続くかは分からない。だから先輩たちに僕のことは大丈夫だと言っておいた方がいいかもしれない。話している間、待たれているのは困るし。

 そう思って僕は振り返り先輩たちに言った。


 「なんか呼ばれているのでいってきます。長くなるかもしれないので先に行ってください」

 「分かった。多分俺たちは食堂にいるから何かあったら食堂に来い」


 イットク先輩が僕に言った。僕は「分かりました」と言って、矢澤コーチの方に駆け足で向かった。




-------




 僕が近づくと矢澤コーチが僕の方を向く。


 「久しぶりだね。見てたよ、さっきの戦闘。今、君の話をしていてね。ちょうどよかったから呼んだんだ」


 矢澤コーチはそう言って今度は剛田和道さんの方を向いて話し始めた。


 「カズさん。彼がさっきの戦闘の映像の尻尾で戦ってたプレイヤーの子ですよ」


他のスタッフの人と何やら話していた剛田和道さんが僕を見て笑みを浮かべる。


 「ああ、君が! さっきの戦闘は見せて貰ったよ。変わった戦い方してるねえ」

「ありがとうございます」


 僕はとりあえず感謝の言葉を言うと剛田和道さんが僕に言う。


 「かたいなあ。さっき聞いたところによると君も選手の一員になったんでしょ? ならそんなに畏まらなくていいよ。僕のことも下の名前でいいからね!」


 剛田さんはそう言うけど、僕からすれば剛田さんはテレビで見たことのある超有名人。雲の上の人も同然だ。いきなり下の名前で呼ぶのもどうなんだろうと悩んでいると矢澤コーチがフォローしてくれた。


 「堤君、別にそんなに考えなくていい。カズさんのところは奥さんもよくチームに顔を出すからね。選手やスタッフはみんな下の名前で呼んでいるんだ」


 そう言うことらしい。剛田さんの奥さんもさっき見たので僕はとりあえず納得しておいた。


 「分かりました。それじゃあ、和道さんでいいですか?」

 「うーん。まだかたいかなあ。矢澤さんと同じようにカズでいいよ」

 「そうですか? じゃあ、カズさんでいいですか?」

 「うん。えーっと、下の名前はなんていうの?」

 「あ、すみません。堤瑠太です。堤が苗字で瑠太が名前です」

 「そっか。じゃあ、瑠太君。とりあえず模擬戦でもしてみようか」


 カズさんの突然の提案に僕は驚いて固まってしまった。どうやら驚いているのは僕だけではなかったみたいだ。近くで話を聞いていた矢澤コーチやスタッフの人が慌てて口を挿んでくる。


 「カズさん、今からですか?」

 「まだサーバーの調整終わってませんよ」

 「今からは無理ですよ」


 どうやら模擬戦はできないみたいだ。僕が内心ほっとしていると横から矢澤コーチが爆弾をぶっこんで来た。


 「カズさん、彼との模擬戦は明日からいくらでもできるんで、今日は勘弁してやってください。さっきの戦闘の疲れもあるでしょうし」


 最初は僕を気遣っての言葉かと思い、矢澤コーチに感謝の念が浮かぶがその中になにか違和感を覚えた僕は矢澤コーチの言葉を思い出す。

 そして違和感の答えに行き当たる。『いくらでもできる』ってどういうことだ。合宿は模擬戦が多いってことなのかな。


 「明日から?」


 カズさんが聞き返す。


 「そうです。明日からの合宿の前半の二人のメニューは模擬戦になってますから。二人で延々とです」

 「え、そうなの? 初耳だけど。去年までとは違うんだ」

 「はい。堤君はまだ弱いですけど手数だけで言えばカズさんに匹敵しますから」

 「ああ、尻尾六本あったからねえ」


 何やらカズさんと矢澤コーチの会話が進んでいく。

 どうやら僕の合宿の半分はカズさんとの模擬戦らしい。僕とカズさんの模擬戦なんて一瞬で終わる自信がある。もちろん負けるのは僕。当然だ。なんたってカズさんこと、剛田和道は世界でも五指に入ると言われているプレイヤーだ。猫の獣人種で双剣を巧みに操るプレイスタイルは他者を魅了し、日本だけでなく海外でも多くのファンを持つほどの腕なのだ。僕には荷が重すぎる。

 差も当然のように言っていたが、これは確定事項なのだろうか。突然の危機に明日からどうやって合宿を乗り切ろうか僕は会話そっちのけで考え込んでしまう。すると、上の空になっていたのかカズさんが僕に声を掛けてきた。


 「瑠太君、大丈夫?」

 「あ、はい。明日からの合宿をどうやって乗り切っていこうか考えてました」

 「ははは、大丈夫だよ。それなりにいい戦いになると思うよ。明日からはよろしくね」

 「はい!」


 本当だろうか。カズさんに励まされて、なんとか明日からの合宿を頑張っていけそうな気持になった僕はそのまま会話に混ざりいろいろと為になる話を聞いた。どうやら実験組以外の組の実験という名の仕事はまだ終わってないらしくときどきモニターを見ながら話をしていく。

 それから気づけば十八時を過ぎていた。そのころには実験は全て終了していて今はスタッフの人がデータをまとめたりサーバーの設定の調整をしていたりとあわただしく動いている。その片隅で矢澤コーチとカズさんと話していた僕を他の組の人が見て首を傾げたり睨んで来たりしていたが、今はそれもなく三人で世間話をしているだけだった。


 「そろそろ時間だね」


 矢澤コーチが自身の腕時計を見て僕たちに告げる。


 「じゃあ、移動しようか」


 カズさんがそう言ったので移動を開始する。僕たち三人がVRルームを出るときには作業をしていたスタッフの人たちも何やら片づけを始めていた。矢澤コーチ曰く、コーチやスタッフは夕食会に全員参加でそれまでに終わらなかった作業は夕食後に行うそうだ。僕は心の中で彼らに感謝の言葉を述べながらVRルームを出た。




 

 

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