【06-04】合宿前日①
全日本選抜プレイヤー合宿の二日前。僕のVRデバイスに一徳寮長からの連絡が入っていた。今日の授業が終わり、訓練を終えて、丁度シャワーを浴び終えたところだ。今日で一学期終了だ。
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「明日、合宿用の宿泊施設に先乗りして準備を始めることになっている。堤も手伝ってくれ。集合場所は寮の一階、エントランス。時間は朝十時だ。朝食を食べたら制服に着替えてから来てくれ」
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合宿の手伝いをしないといけないみたいだ。それに制服か。ブレザーも着たほうがいいんだろうか。
僕はイットク先輩に返信がてら聞いてみる。
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「分かりました。ブレザーも着たほうがいいですか?」
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僕が返信して数分。イットク先輩からの返信が来た。
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「ブレザーも着てきてくれ。制服を着て正装する必要があるのは明日と合宿初日だけの予定だ。コーチやスタッフの方に挨拶する必要があるからな。それ以外は私服でいいことになっている」
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イットク先輩からの返信を読んで、僕は了承したことを返信した。挨拶か。緊張してきた。
明後日からの合宿では、僕は学生としてではなく選手候補として見られることになるのだろう。それは、学生気分ではダメだということだ。社会に出たこともない僕はだんだん不安に駆られていく。
シャワーを浴び終えた、裸にタオルの状態で僕は思考に耽る。次第に脇道にそれていく脳内思考でディナーでのナイフとフォークの使い方について考え始めた時、ようやく脱線していることに気づき落ち着くことができた。合宿でディナーはありえないだろう。さすがに。
少し冷えた体に気づき、着替えを着て自室に戻る。さっきまで来ていた服を洗濯用ボックスに入れるついでに、ブレザーのチェックをしたかったからだ。
クローゼットの中のハンガーに掛けられたブレザーを取り出す。僕は丁寧に汚れがないか探していく。まだ数日しか着ていないブレザーだ。汚れはなかった。
僕は安心して、クローゼットに戻した。
明後日から合宿にはこの部屋からの参加になる。だから、何か準備をする必要はない。僕はVRデバイスを片手にVRルームに向かった。
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翌日、僕は黒川の声で目を覚ました。
「おはようございます。起きてください」
僕は体を起こして考える。昨日で学校は終わったはずだ。
「今日は?」
僕は完全に寝ぼけた脳で聞き返すことを思いついた。
「今日は予定が入っています。明日から始まる全日本選抜プレイヤー合宿の準備ですよ。若様」
僕は慌てて布団から飛び起きる。肌掛けが大きくはためき、埃が軽く舞う。僕は完全に冷めた脳をフルに動かした。
「時間は?」
「七時でございます」
黒川の呑気な電子音声が聞こえた。七時か。僕はベッドに腰かけた。
集合までは時間があるはずだ。確か十時集合だったはずだ。
「集合は何時だっけ」
念のため、確認する。
「十時に寮、一階のエントランスに集合です」
「ありがと」
黒川からの報告を聞いて、僕は礼を言ってベッドに倒れこむ。まだ時間は十分にあるみたいだ。
少し横になった僕は、眠気が襲ってきたことに気づいてベッドから立ち上がった。とりあえずは朝ごはんだ。
僕は自室を出て洗面所に向かい、顔を洗った。
昨日まであった学校に行くよりはゆっくり出来る。顔を洗い終わった僕は共有スペースを除く。拓郎はいない。寝ているか、AWをしているのかのどちらかだろう。
僕は、拓郎についてここ一週間で起きたある事件を思い出しながら食堂に向かった。
食堂には数人しかいなかった。今日から夏休みだ。初日ぐらいは寝坊して当たり前だろう。僕はいつものように給仕のおばちゃんに挨拶をして朝食を貰った。
まだ早い時間のためか、智也も寮長たちも現れなかった。僕の知っている人に関しては、朝食を食べている最中に食堂に入ってきた吉田先輩だけだ。僕は軽く会釈しておいた。
朝食を食べ終えた僕は自室に戻り支度をする。いつもと比べるとだいぶのんびりとした動きで身支度を整えた僕は空いた時間をどう過ごそうか考えた。待ち合わせまであと一時間半はある。特にすることもない僕は自室でVRデバイスを使って時間を潰した。
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十時、十五分前。僕は自室を出てエントランスに向かった。持っているのはVRデバイスのみ。
十五分前は少し早いかもしれないけど、エントランスに行ったときに寮長たちが先にいた時が嫌なので早めに部屋を出たのだ。
エントランスまで二分程。僕はのんびりと歩いてエントランスに向かった。
エントランスで待つこと数分。
佐伯副寮長がエントランスに入ってきた。
僕はエントランスに置かれている椅子から立ち上がって佐伯先輩の方を見る。僕に気が付いたらしいサエキ先輩が手を挙げて僕の方に近づいてきた。僕はそれに軽く頭を下げて返した。
「おはよう」
「おはようございます」
佐伯先輩に僕が返す。
「早いね」
「僕もさっき来たところです」
普通に話しかけてきた。佐伯先輩と話をするのは連絡事項以外ではほとんどしたことがない。というか、基本的に先輩と話すこと自体が僕にはない。そのため、少し緊張してしまう。
「緊張してる?」
「はい」
緊張といっても、僕の今の緊張は合宿への緊張ではなく、あまり話したことのない先輩との会話での緊張だ。今まで話したことのない人との会話はいつだって緊張してしまう。僕はおっかなびっくりしながらも、それを表に出さずに会話を続けた。ただ、その緊張も長くは続かなかった。智也がエントランスに現れたのが見えたのだ。僕は智也に感謝しながらそのことを佐伯先輩に告げた。
「あ、智也が来たみたいです」
なんとも白々しい感じだ。まるで今気づきましたと言わんばかりのセリフ。自分のことをこんな風に皮肉ってしまうのもきっと緊張のせいである。
「ん。本当だね」
佐伯先輩はそう言って智也に向かって手を振った。
それに気づいた智也は僕たちの方に速足で向かってきた。
「おはようございます。副寮長。後、瑠太も」
僕はついでのようだ。僕と佐伯先輩は一通り挨拶を終えて、今度は三人で話し始める。智也が入ったおかげか、だんだんと緊張せずに話すことができるようになってきた。といっても、相手は先輩なので多様の緊張はするのだが。
「それにしても寮長来ませんね」
僕はVRデバイスをポケットから出して時間を確認した。十時二分。遅れているわけではないが、何かあったのだろうか。
「大方、電話かなんかが長引いてるんじゃないか?」
智也がそう言った。
「そうだね。今日はいろいろと連絡しないといけないことが多いだろうからね」
佐伯先輩も智也に同意した。
やっぱり寮長の仕事は大変なんだろうか。やりたくないな。僕は心の中で本日二度目の感謝を智也にした。
それから間もなく、イットク寮長が現れた。
「おはよう。遅れてすまないな。待ったか?」
イットク先輩が言った。
「いえ、それほどでも」
佐伯先輩が少し笑いながらそう言った。
「あー。ちょっと連絡が来ていてな。堤もすまないな」
「いえ。大変みたいですね」
いきなり僕の方を向いた寮長に僕はなんとか返事した。
「好きでやってることだからな」
そう言った先輩の顔は少し恰好よく見えた。




