【05-09】コボルト②
あれから一時間半以上経っている。今日はなんだか調子がいい。
いつもは一回か、二回は失敗するコボルト狩りだが、今日はいまだに失敗していない。掲示板情報ではコボルト狩りの適正レベルは三十以上。僕のレベルは四十五。調子がいいのも別におかしな話ではないのだが、いままでの僕からすれば上々な結果だろう。ゲームを始めて二か月以上経って、ようやくこの『tail』というキャラに慣れてきたということだろうか。
僕は自身の上達の実感を得た。強くなっているというのは思いのほか嬉しいものだ。今までいろんなゲームをやってきたけど、初めての感覚だ。
僕は少し浮かれた気持ちになりながらも、気配を探し続けた。僕の〔気配察知〕と〔気配遮断〕、それに、〔忍び足〕は既に現実でも癖になり始めている。なにかと気配を探ってしまうし、気付けば足音を気にしている。そのことに気づくたびに、どうしたものかと考えてしまうが、拓郎たちに相談して、「中二病?」という言われでもしたら、僕は自室にこもる自信がある。なのでやめている。
くだらないことを考えながら、森の中を進んでると、気配を感じた。数は十一。多い。僕はその場で止まり、〔気配察知〕に集中する。十を超える集団であれば、コボルトリーダーがいるはずだ。気配のある場所と僕との距離はまだ結構ある。
一応、熱感知を試してみるが、案の定、感知できない。気配の大きさだけではあまりあてにならないのだ。リーダーの方が気配は強いのだが、如何せん、距離がある。この距離では分からない。僕は距離を詰めてより情報を得ようとして、動きを止めた。
十一ある気配の内、四つのうち、二つが急に動き出し、七つの方に移動したのだ。動き出した二つの気配は素早く小刻みに動いているように感じる。これは……。戦闘か。集中して気配を読み取ると、確かに四つの気配は他の七つより強い。
四人のプレイヤーが七匹のコボルトに奇襲したと考えれば説明できる。僕の尻尾は六本だ。そのため、一度に相手取れるのは六匹。だから、僕が襲うコボルトは六体の集団までと決めていた。
彼らの戦闘を見てみたい気持ちはあるのだが、変に近づいてPKと間違えられるのは困る。
僕は、彼らのいる方向とは逆の方向に進むことにした。
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あれからしばらくして、僕は少し困っていた。遠ざかったはずのプレイヤー集団が何故か僕の〔気配察知〕に反応したのだ。何故だ。しかも数は十三。二つ増えてる。最初に四つ反応して、その後増えていき今では十三。これはもしかしなくても『トレイン』だろうか。
『トレイン』というのは、大量の敵が連なって移動している状態を列車に比喩した言葉だ。プレイヤーが敵から逃げようとしているときに、関係のない敵がリンクして次々とプレイヤーを追いかけている状態のことを言うことが多い。トレインはMPKを狙うプレイヤーが故意に発生させる事があるため、トレインを発生させてしまった場合は、周りにトレイン発生を告知するのがマナーとなっていた。だが、VRゲームの普及にと進歩に伴い、次第にチャット機能が消えていったため、今では周囲のプレイヤーに告知する術が少なくなってきている。リアル志向の強いゲームでは特にだ。AWもそのうちの一つ。だからこそ、今回のトレインが故意なのか、過失なのかが分からない。それでも、僕は行動を起こさないといけない。
僕はまず回避するという選択肢について考える。
こっちに走るプレイヤーの進行方向からずれることができればいい。これができれば簡単だ。だが、もし僕のことを狙ったMPKであった場合、四人のプレイヤーは、僕が逃げた方向と同じ方向に走ってくることになる。それは困る。今の僕のAGIでは躱し切れない可能性もある。
次に、ここで立ち止まり戦闘を始めるという選択肢。これはない。絶対にない。プレイヤーがMPKで会っても、なくても、どっちにしろキルさせる結末しか想像できない。
とすれば、最後のやり過ごすという選択肢が消去法で残ることになる。木の上に登ってやり過ごすしかない。気配や匂いでバレる可能性もあるが、上の二つの選択肢を選択して、戦闘に入るよりは、木の上で待ち構えていた方が戦闘に入ったときも戦いやすい。木の上であれば、相手の攻撃手段も限られるからだ。
今の僕には、この三つの選択肢しか思いつかなかった。他にもっといい選択肢もあるのかもしれないが、僕はここでやり過ごすことを選択した。
手ごろな背の高い木を見つけ、尻尾を器用に使いながら登る僕。出来るだけ上に登った。この高さであればコボルトの攻撃は届かないだろう。
僕はジッと静止し、気配を絶つ。出来るだけ音が出ないように呼吸もゆっくりと行う。僕は徐々に近づいてくる気配を〔気配察知〕で確認しながら、列車が通りすぎるのを待った。
木に登り気配を絶ってから三、四分。もうすぐ僕の射程範囲内に戦闘のプレイヤーが入る。二分程前からコボルトの遠吠えらしき声も聞こえている。今ではプレイヤーの声らしき音も僕の耳に届いている。
僕はオンを操作して外套から外に出す。〔隠密〕と〔迷彩〕を使わせて熱感知役にするためだ。熱感知で見える熱の形や動きからすれば、追われているプレイヤーは只管逃げているようにしか見えない。だが、それが演技の可能性もあるし、そもそも僕はトレインに巻き込まれそうになっている被害者だ。助ける義理もない。
僕はただ通り過ぎていくのを待っていた。僕の登っている木の近くをいくつかの音と熱と気配が通っていく。僕に気づいた様子はない。僕が潜む木の横を通り過ぎ、列車は僕から離れていった。僕は改めて周囲の気配を探り、敵がいないことを確認した。やり過ごせたみたいだ。
僕はオンのスキルを切る。スキルを切ったオンは僕の頬に軽く頭を擦りつけてから外套の中に戻っていった。といっても頭は僕の正面の外套の切れ間から出ているのだが。
危機が去ったことで気が緩んだのか、僕は疲労感を感じる。僕は木の上で少し休むことにした。仮初の肉体であっても、僕の脳からすれば立派な僕の体である。疑似的な疲労であってもそれによるストレスなどに影響されて精神的な疲労も加速度的に増えていくのだ。
僕は適当な木に腰かけた。食料も水も持ってきていないので、ただ座っているだけの休憩だ。今日の狩りはうまくいっていたので既に三十一体のコボルトを狩っている。少し早いが、今日の狩りはもうおしまいでもいいだろう。僕は疲れた思考回路でそう結論を出した。
僕は町に戻るべく、木から降りて移動を開始した。僕の頭はもう『帰還モード』になっている。『狩りモード』ではない。町への移動中、コボルトの気配を何度か感じたが、僕はすべてを避けるようにして移動した。もう狩りはおしまいなのだ。
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慣れた動きで森から町に帰還した僕は、西門から町に入り、その足で解体所のある北側の大通りを目指した。その途中にある道具屋で戦利品のコボルトが持っていた剣を売ってお金を受け取り、解体所に辿り着く。受付カウンターでいつものやり取りをした後、収納していたコボルトを納品。受取証を貰ってから冒険者ギルドで依頼の達成を報告した。
今日の報酬はコボルト三十一体で三千百ゴールド。それに拾った剣、二本分の二百ゴールドを足した三千三百ゴールドが今日の収入だった。
剣の値段が低いようにも感じるが、剣一本でコボルト一体と同じ値段だと考えれば納得のできる値段のような気もする。コボルトの落とした剣はすべてなまくらで、剣としての価値はないと道具屋の店主が言っていた。買い取ったコボルトの剣は製鉄所に回され、鉄として再利用するそうだ。いまだに武器を一つも持っていない僕には縁のない話である。そろそろ武器も欲しいけど、僕にあった武器を作るのって大変そうだ。どこかに良い生産職プレイヤーがいないだろうか。冒険者ギルドを出た僕はそんなことを考えながら、広場でログアウトした。




