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【05-01】視線

五章開始です。

 

 朝、僕はいつものようにアラームの音で目を覚ます。

 

 「んん。朝か」

 

 清々しい朝だ。俺は寝ている間に固まった体を伸ばす。すると、僕に話しかけるものがいた。

 

 「おはようございます。若様」

 

 僕は一瞬、僕だけしかいないはずの自室で聞こえた僕以外の声に驚きから体を震わせるがすぐに声の主について思い出す。

 

 「おはよう。黒川」

 「現在、朝六時五十六分。今日の天気は晴れ。最高気温は二十五度です」

 「分かった」

 

 僕はベッドから抜け出しVRデバイスを手に取ってから共同スペースに行く。

 僕が共同スペースに入ると拓郎は生徒証を見ていた。自室を出た僕に気づいたらしく僕の方を見る。

 

 「起きたか。おはよう」

 「うん。おはよう」

 

 僕は挨拶を返した。

 その後はいつものように食堂に行く。部屋を出て、エレベーターに乗り、食堂へたどり着く。食堂で二人で喋りながら朝食を食べて、部屋に戻る。いつも通りだ。

 

 部屋に着いた僕たちは自室で着替える。ズボンにワイシャツ、そして上着。今日はカーディガンにした。

 着替え終わった僕は共同スペースで拓郎を待つ。拓郎の着替えも終わると僕たちは校舎へと向かう。

 

 

 

-------

 

 

 

 既に慣れた校舎への道すがら、いつものように二人で話している。

 日によっては他の人と一緒に歩くこともあるが、今のところ二人だけだ。いつもはAWについて話していることが多いのだが、今日は昨日のテレビについてだ。この学校でテレビをリアルタイムで見るというのはあまりない。ほとんどの生徒が録画をしておいて空いた時間に見るようにしている。僕にはいないが、人によってはAW内でパーティを組んでいるし、AW内でのフレンドとの約束だってあるだろう。九時十時の一時間というのはプレイヤーにとっては大きいものなのだ。

 久しぶりのAW以外の話題を僕は楽しく聞いている。

 

 「まず主人公たちは友人たちと温泉旅館に旅行をしに来てるんだ。それで、夜、主人公は友人たちと怪談話をするんだ。日本の昔ながらのトイレにまつわる怪談を聞いた後、主人公は無性にトイレに行きたくなるんだよ。主人公は仕方なく暗い廊下を通ってトイレに向かうんだ。トイレの前に着くとすぐには入らないで中に誰も入っていないことを知っていながらもノックするんだ。「コンッコンッ、誰かいませんか」ってね。まあ、トイレの怪談を聞いた後だからな。恐怖心があっても不思議じゃない。そして、返答がないことを確認してから少しほっとした主人公はトイレの中に入って、何気なく便座カバーを開けるんだ。そこで、そういえば、ともう一つの怪談を思い出した主人公は便器の中を覗きこんで、手が生えてないことも確認してから便座に座ったんだ。ここまでくれば大丈夫だろう、なんて考えながらな。子供騙しの怪談に怯えていたことに気づいた主人公は自嘲しながら冷静になって怪談なんて作り話だと自身言い聞かせるんだが、その時、自分の股間に激しい痛みを感じるんだよ! 何かに噛まれたような痛みを感じた主人公はパニックになりながら咄嗟に立ち上がるんだ。すると、股間には一匹の蛇がぶら下がってるんだよ。怖いだろ!」

 「えっ? どういうこと?」

 「だから! 便器の中から出てきたのは手じゃなくて蛇だったんだよ!」

 「いや、それはわかるけど……」

 

 確かに怖い。トイレの便器から蛇とか普通に怖すぎる。だけど、そんなこと本当にあるのかな。

 

 「こええよ。もし本当に股間噛まれたらどうしよう」

 

 拓郎が頭に手を当てながらそう言った。

 

 「いや、今の時代では流石に起きないでしょ。昔ならあったのかもしれないけど」

 「そうか?」

 「うん。普通に考えればないと思うよ」

 「うーん。ないな」

 

 拓郎は真面目に考えたようだ。さっきまでの怖がり様とは一転して冷静な好青年に戻った。

 

 「まあ、面白い話ではあったね」

 

 拓郎の言う通りその話は『当たり』だったと思う。僕は拓郎の話を聞きながら少しだけ想像してしまった物を頭から追い出して拓郎の話を続ける。

 

 「そうだな。他にも――」

 

 拓郎の話は校舎に着くまで続いた。

 

 

 

-------

 

 

 

 校舎に着いて廊下に入ると、いつもと雰囲気が違うような気がした。それに、なんだか周囲の視線が僕に集まっているような気がする。それもただの視線じゃない。なんか強い視線だ。さっきまで拓郎が話していた怖さとは違う怖さを感じる。隣を歩く拓郎も気づいたみたいだ。

 

 「なんか注目されてね?」

 「されてるね」

 「この感じ、前の時とは違う感じがするな。というより、俺っていうより瑠太じゃないか。なんか心当たりは?」

 「僕かー。心当たりねー……」

 

 僕は拓郎に言われて考えてみた。というか、言われた瞬間に一つのことを思いついていた。特殊指定強化選手のことだ。僕は誰にも言っていないのだが、僕以外の知っている人が生徒に行っていないとは言い切れない。正直まだどうやって伝えるか考えている最中だったのだ。でも、早めに行った方がいいのかもしれない。強化選手になるということは、準選手になったと言っても間違いではないのだ。

 

 「うーん」

 「もしかしてあるのか?」

 

 拓郎は少し驚きながら僕に聞いてくる。僕が話そうか話さまいか考えていると、歩きながら話していたこともあって丁度教室の前にたどり着いていてしまった。僕は意を決して拓郎に話すことに決めた。前に立つ僕はドアを開けながら言う。

 

 「昨日から言おうと思っ――」

 

 僕がドアを開けて教室に入りながら、拓郎に強化選手のことを言おうとした。しかし、教室に入った瞬間に感じる新しい複数の視線に口を閉じてしまった。いつものような教室に入ってきた人を確認する視線じゃない。どういうことだ。僕は驚いて立ち尽くしてしまった。

 

 「おい。いきなり立ち止まってどうしたんd――」

 

 僕の後ろから教室に入ろうとしていた拓郎は急に立ち止まった僕をよけて教室に入り、僕と同じように口を閉ざした。

 拓郎より一瞬早く気を取り直した僕は、逸る心臓を抑えながら何事もなかったかのように教室に入っていく。動き出した僕を見て拓郎も動き出す。

 僕たちの動きに合わせて移動する視線に、僕は完全に告げるタイミングを失っていた。僕たちが入ってすぐに角田先生と南澤先生が教室に入ってくる。ここにきて僕たちが最後だったことに気づいた。

 

 「おはよう。全員いるな」

 

 角田先生はいつものようにそう言ってから、教室内の雰囲気に気づいたみたいだ。

 

 「ん? ああ、もしかして話したのか?」

 

 角田先生は僕に向かってそう言ってきた。前に座る拓郎は後ろを振り返り僕に向かって意味が分からないといった顔を向けてくる。

 僕は首を横に振り、否定する。

 

 「言ってないのか。これはどう言うことだ? 望月」

 

 角田先生は智也の名前を呼ぶ。寮での学年代表に選ばれている智也は教室でも学級委員や級長のようなポジションについている。そのため、先生からクラスのことを聞かれることも多いと智也自身が前に言っていた。

 

 「瑠太の、堤の話が出回っているみたいです」

 

 智也は平然としながら言った。

 やっぱり僕のことみたいだ。智也の方を見ていた拓郎はすごい速さで僕の方を向いた。僕には困った表情を浮かべる事しかできなかった。

 

 「そうか。それはどれぐらい広まっているんだ?」

 「学年全体で。出所は効率組のようです」

 

 角田先生の問いに智也が答える。このやり取りで、クラスメイト達も噂が本当だったことに確信したようだ。僕に対する視線のいくつかがあからさまに変わる。

 それにしても、学年全体が知っているなんて流石に早すぎないか。僕が正式に強化選手になったのは昨日だぞ。一生徒が調べ上げられるような情報じゃない。確かに日本チームのコーチである矢澤コーチと一緒にいた事から何かあると思われていたとしても強化選手のことがバレるとは思えない。

 僕は今まで感じたことのない悪寒のようなものを感じながら角田先生と智也の会話を聞いていた。今の僕は猫の前の鼠状態だ。少し混乱もしている。

 

 「効率組か。どうやって知ったんだろうな」

 

 偶然にも角田先生も僕と同じ結論に至ったようだ。先生は核心的な質問をした。

 

 「具体的にはどんな話が出回っているんだ」

 

 聞かれた智也は少し間を空けて僕を見た後、答えた。僕としては、智也の視線が今感じているような居心地の悪いものじゃなかったことに気づいて少し安心した。

 

 「堤瑠太が選手として選ばれたと」

 

 智也が言った途端、僕を見ていた拓郎の顔が驚愕の表情に変わる。しかし、拓郎が見ている僕の顔にも驚愕の色が色濃く出ているのでさらに驚いている。僕はそんな拓郎を見て少し落ち着く。

 どういうことだろう。僕がなったのは特殊指定強化選手であって正式な選手ではない。謝って伝えられたのか、それとも……。

 角田先生も少し驚いた後、智也の発言を訂正した。

 

 「分かった。一つ言っておく。堤は選手には選ばれていない」

 

 角田先生の発言を聞いてクラスメイトからの視線が和らぐ。僕はほっと息を吐きだす。教室に入ってから感じていた居心地の悪さがなくなった感じがした。だが、そんなのも次の瞬間には失くなっていた。

 

 「堤が選ばれたのは特殊指定強化選手だ」

 

 角田先生の訂正によって、またしても僕の居心地は悪くなる。借りてきた猫のように僕の動きは止まる。

 

 「強化選手として選ばれたのは、この学校では二人目になる。一人目は緒方だ」

 

 角田先生の豆知識に僕は初めての事実を知るとともに、さらに居心地が悪くなる。

 ここ三回のVRオリンピックで生徒として選手になったのは緒方さんだけだ。そうなると必然的に緒方さんを目標にしている人が多いわけで。ましてや緒方さんは実験組のスターだ。ここにいる生徒の中には緒方さんに憧れている人も多いはずだ。

 

 「では、噂は本当だったということですか?」

 「少し違うんだがな。強化選手は選手ではない。日本チームに入ることには変わりないがな」

 

 角田先生のフォローとは決して言えない援護射撃でどやら僕に対するヘイトが高まったみたいだ。角田先生はホームルームを終わりにすることを告げてから僕に言った。

 

 「今日はここまで。堤、ちょっと来い」

 

 角田先生と南澤先生が外に出る。居心地の悪かった僕は先生に言われた通りに足早に教室から出ていく。その時に少しだけ目に入った拓郎の表情が、何故か僕の頭に鮮明に残っていた。

 

 

 

 

 

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