【03-09】ヒューマンハント
僕の意識は自身の体になんらかの力が掛かっているのを感じる。僕は仕方ないと睡魔を蹴飛ばし、意識の泉を浮上していく。
僕の体は意識の覚醒を認識し、目を開く。
僕の寝ぼけ目には、僕の体を揺らす勇人の横顔が見える。その横顔はどこか緊張しているように見える。僕は勇人の腕を叩き、起きていることを知らせる。
僕が目を覚ましたことを確認した勇人は何も言わずにチャットを打ち込むような動作をし始めた。その間にあたりを見渡すが、智也は寝袋の中で爆睡していた。拓郎は空いている空間に静かに飛びながらどこかを見ていた。
僕はよくわからない状況に内心首を傾げながら、チャットを開いた。
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守君「木の下から音が聞こえるから、気配を確認してほしい」
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僕はチャットを読むとすぐに〔気配察知〕を発動させる。といっても、気配を読もうと心がけるだけだが。
確かに近くに動く気配を感じる。僕がみんなに案内していた気配達よりも大きな気配だ。大きさ的には僕たちよりも少し大きい。僕はそのことをチャットに打ち込む。
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tail「気配が一つある。この機の周辺を歩いてる。大きさは僕たちよりも少し大きい位」
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勇人はそれを読んで、智也を起こしに行った。
僕は、自分のバッグを手繰り寄せてから、気配に集中する。
感じる気配はまだ僕たちに気づいていないのだろう。この木を目指しているわけではなく、何かを探しているかのような動きをしているように感じる。フラフラと歩き回っているため、体に当たった草や木の枝が夜の森に軽快な音を響かせている。
勇人が智也を起こし、僕たちは臨機応変な対応ができるように心構えをして、音の主が姿を現わすのを待つ。既にあたりは暗く視認は難しい。〔気配察知〕を使い、音の主の居場所を特定する。
次第に音が大きくなっていく。音の主も気をつけてはいるのかもしれないが、森の中を無音で歩くのはとても難しい。
僕は熱感知を試みる。熱感知を使えば相手の姿形がわかるのでは、と考えたからだ。
僕は発動している全てのスキルを切って、全感覚を使って熱感知を行う。
目を閉じ、耳を塞ぐ。
僕は数秒掛けて尻尾にあるピット器官と感覚を繋ぐ。周囲の熱がなんとなく分かるようになった僕は、音のする方向を探る。
音の主はすぐに見つかった。周囲との温度差で音の主の形が分かる。人型だ。
ここ二日で、狩ってきたモンスターの中に人型はいない。強いて言えば、熊型のモンスターぐらいだろう。
僕は熱感知で分かったことをチャットに書き込む。音の主が熊型のモンスターであるよりは、人である確率の方が高いだろう。注意が必要だ。
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tail「人型に見えるんだけど」
LORD「本当か?」
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僕のチャットに気づいた智也と勇人も同意した。
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ducrow「プレイヤーか?」
LORD「分からない」
tail「どうする? 戦う? やり過ごす?」
守君「どんな相手かわからないのは不安要素だね」
LORD「やり過ごそうか」
ducrow「俺らを探している可能性もあるぞ?」
LORD「そうじゃない可能性もある」
ducrow「それもそうだが」
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結局、僕たちはやり過ごすことにした。
このまま拠点の周りを徘徊されるのも困るがここで戦闘をして周囲に音をばら撒くよりはいいだろう、という判断だ。
僕たちは、また眠ることにした。見張りはさっきと同じで拓郎たちがやる。
拓郎はホバリングをやめ、木に降りる。勇人は変わらず音の主の観察だ。
智也は寝袋には入らずに目をとじた。
僕も完全に目を覚ましてしまってはいるが、目を瞑り思考を止める。
それから、意識の海を素潜りするかのように浅い睡眠を少しした。
当初の予定通りの時間になると、拓郎たちに起こされた。
僕を起こした勇人は口に人差し指を当てている。数秒の思考でその意味が分かった僕は、音を立てないように活動を始める。
僕の耳には未だに音が聞こえる。これだけの音が鳴り響いているのになぜ襲われていないのか。なにか理由があるのかも知れないが僕には分からない。
拓郎たちと見張りを代わり、智也と二人で見張りをする。
昨日と同じように、僕は気配で、智也は目視で、見張りを行う。
智也とチャットで定期的に問題ないか確認を取りながら僕は気配を探る。
二時間程、音の主の行動を見ているがやはり目的が感じられない。さらに言えば、警戒のようなものも感じられない。このまま時間が過ぎても零時になれば、僕たちは動き始めるために音の主をどうにかしなければいけない。僕にはこの先に起こることの予想が付かない。
音の主以外に異常がないこの状況が続きながらも、問題なく二十三時五十分を回った。
僕と智也は拓郎と勇人を起こし、移動の準備を始める。準備と言っても僕にはバッグを背負うぐらいだ。それぞれの準備が終わり、僕たちはチャット会議を始める。
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LORD「ここから移動して、プレイヤーではなくモンスターを狩る」
守君「移動か」
ducrow「どうやって移動する?」
tail「気づかれないように移動できるかね?」
守君「難しいかもね」
LORD「だが、戦うという選択肢を選ぶよりはいいだろう」
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これからの行動を話し合い、とりあえずは音の主に気づかれないようにここから移動することを決めた。
どんな方法で移動するか話し合っていると、いきなりチャットが閉じられイベント画面に切り替わった。昨日のお知らせの時と同じだ。
内容を読んだ僕は、動揺しながらチャットに書き込んだ。
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ducrow「お、おい。これやばくね?」
tail「やばいね」
守君「ど、どうしよう」
LORD「警戒してれ」
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みんなも動揺しているみたいだ。
すぐにでも対策を練る必要があるがそんな時間はなかった。
僕が戸惑いながらも周囲を見回すと、ある異変に気づく。何かが変わっている。何が違うのか分からないが変化を感じた僕は半ば無意識に気配を探る。そして、気づいた。
だが、それは遅すぎたようだ。僕がそのことをチャットに書き込もうとすると僕たちの聴覚に音が聞こえる。さっきまで警戒していたのに、いつの間にか意識の外にあった音が大きく鳴り響いていた。
三人も気づいた頃には既に僕たちのいる木の真下に気配があった。木を登ろうとしている。
僕は声を上げる。
「敵襲!」
拓郎が飛び上がり、勇人が盾を構え、智也が腰の剣を抜き放ち、僕がオンのスキルを発動させた時、見計らったかのように周囲に変化が起きた。
僕たちはいつの間にか地面に立っていた。僕たちは理解速度を超えた一瞬の出来事に動きを止めてしまう。そんな僕たちを、音の主は迷いなく襲ってきた。
音の主の攻撃はホバリングしていた拓郎に向かっていた。
一瞬でも動きを止めしまって僕たちに反応する術はなく、無防備な拓郎に音の主の攻撃が当たる。攻撃された拓郎は三メートル以上吹き飛ばされ、地面に倒れこむ。
音の主は次に智也を攻撃しようとするが勇人が盾を構えて止めに入る。
動揺の治った僕は状況の確認をする。僕たちがいた森はいつの間にか草原に変わっている。周囲には木や岩はなく、遠くには激しく動く灯りがいくつも見える。
僕たちを襲ってきた音の主はプレイヤーではなく人形だった。何の装飾を施されていない体に球体関節で繋がれている四肢、武器はなく素手で勇人の盾を殴りつけている。
防御を続ける勇人は〔挑発〕を使い、人形のヘイトを稼いでいる。
智也は拓郎に駆け寄り、回復を試みている。魔法による回復は難易度が高めになっているが、軽傷の回復ならほとんどの術師ができるようになっている。
僕は人形への攻撃を始める。僕は勇人の後ろに立ち、尻尾による攻撃を始める。僕の攻撃に火力は期待できないし、人形に毒が効くのか分からない。それでも、攻撃を仕掛ける。
多くのゲームで回復の魔法はヘイトを稼ぎやすいものになっている。これは、AWでも同じだ。今は、智也にタゲが移らないようにできる限りヘイトを稼ぐ必要がある。
僕と勇人が応戦していると後ろから火属性の魔法が飛んできた。火の玉だ。
火の玉が当たった人形は燃え上がりながらも勇人の攻撃を続けている。だが、延焼によるダメージで徐々に動きが鈍っていく。僕は尻尾を使って人形の攻撃の邪魔をする。勇人に物理攻撃は効かないがそれでも衝撃すべてを無力化できるわけではない。僕が尻尾で邪魔をすればその分攻撃に勢いが乗らなくなる。今の僕ができる精一杯がこれだ。
僕と勇人と智也の三人で人形を攻撃すること数分、ようやく人形の動きが止まった。動きが止まった人形はバラバラに崩れていった。
いきなりの奇襲で始まった戦闘だったがなんとか乗り越えることができた。僕は拓郎の無事を確認するために人形から目を離し智也の方を見て拓郎の姿が見えないことに気づく。
「あれ? 拓郎は?」
薄々気づきながらも声に出す。
勇人も気づいたようで表情が変わる。
「拓郎は死に戻った」
智也が顔を下に向けながら言った。
智也が回復魔法をかけても無理なほどのダメージだったのだろう。一撃が重いにもほどがある。
AWにはHPという絶対的な指標がない。当たり所が悪ければダメージが大きくなるし、逆に良ければダメージは少なくなる。一般的なヒューマン種が首を刎ねられれば即死するプレイヤーが多いだろう。
拓郎の場合は一般的なゲームで言うところの『クリティカル』だったのだろう。元々拓郎は防御を捨てているタイプのキャラだったから仕方いといえば仕方ない。
初めてのパーティでのメンバーの脱落に、気分が沈んでいくのがわかる。他のゲームでは何度も体験していることなのだが。何故だろう。僕は思考の渦に飲み込まれそうになってやめた。そんなに考えても意味はない。
このイベントでは敵にキルされると、そこでイベント終了だ。
僕たちは拓郎が抜けた穴を埋めなければならない。
こうしてイベント最終日は、拓郎の死に戻りから始まったのだった。




